・・・追いもせず大阪に残った私は、いつか静子が角力取りと拳闘家だけはまだ知らないと言っていたのを思い出して、何もかも阿呆らしくなってしまい、もはや未練もなかったが、しかしさすがに嫉妬は残った。女の生理の脆さが悲しかった。 嫉妬は閨房の行為に対・・・ 織田作之助 「世相」
・・・独り相撲だと思いながらも自分は仮想した小僧さんの視線に縛られたようになった。自分はそんなときよく顔の赧くなる自分の癖を思い出した。もう少し赧くなっているんじゃないか。思う尻から自分は顔が熱くなって来たのを感じた。 係りは自分の名前をなか・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・それが私の独り相撲だとは判っているのです。と云うのは、はじめは気がつきませんでしたが、まあ云えば私自身そんな視線を捜しているという工合なのです。何気ない眼附きをしようなど思うのが抑ゝの苦しむもとです。 また電車のなかの人に敵意とはゆかな・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 嫁を世話をしよう一人いいのがあると勧めた者は村長ばかりではない、しかしまじめな挨拶をしたことなく、今年三十一で下宿住まい、このごろは人もこれを怪しまないほどになった。 梅ちゃん、先生の下宿はこの娘のいる家の、別室の中二階である。下・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 二 私はそのころ下宿屋住まいでしたが、なにぶん不自由で困りますからいろいろ人に頼んで、ついに田口という人の二階二間を借り、衣食いっさいのことを任すことにしました。 田口というは昔の家老職、城山の下に立派な屋・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・私の場合ではそれほどでもない女性に、目くもって勝手に幻影を描いて、それまで磨いてきた哲学的知性もどこへやら、一人相撲をとって、独り大負傷をしたようなものだ。これは知性上から見て恥である。 飢えと焦り 青年はあまり・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・が、なか/\草は苅らずに、遊んだり角力を取ったりした。コロ/\と遊ぶんが好きで、見つけられては母におこられた。祖母が代りに草苅りをしてくれたりした。 十五六になった頃、鰯網は、五六カ月働いて、やっと三四十円しか取れなかったので、父はそれ・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・ 二 隣部落の寺の広場へ、田舎廻りの角力が来た。子供達は皆んな連れだって見に行った。藤二も行きたがった。しかし、丁度稲刈りの最中だった。のみならず、牛部屋では、鞍をかけられた牛が、粉ひき臼をまわして、くるくる、真中の・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・肥った饅頭面の、眼の小さい、随分おもしろい盛んな湾泊者で、相撲を取って負かして置いて罵って遣ると、小さい眼からポロポロと涙を溢しながら非常な勢いで突かかって来るというような愉快な男でした。それで、己は周勃と陳平とを一緒にしたんだなどと意張る・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・すると私が、何だ貴様が周勃と陳平とを一緒にしたのなら己は正成と正行とを一緒にしたのだと云って互に意張り合って、さあ来いというので角力を取る、喧嘩をする。正行が鼻血を出したり、陳平が泣面をしたりするという騒ぎが毎々でした。細川はそういうことは・・・ 幸田露伴 「少年時代」
出典:青空文庫