・・・足くびの時なぞは、一応は職業行儀に心得て、太脛から曲げて引上げるのに、すんなりと衣服の褄を巻いて包むが、療治をするうちには双方の気のたるみから、踵を摺下って褄が波のようにはらりと落ちると、包ましい膝のあたりから、白い踵が、空にふらふらとなり・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・令夫人は、駒下駄で圧えても転げるから、褄をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺り、歯を剥いて刎ねるから、憎らしい……と足袋もとって、雪を錬りものにしたような素足で、裳をしなやかに、毬栗を挟んでも、ただすんなりとして、露に褄・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・……膚は蔽うたよりふっくりと肉を置いて、脊筋をすんなりと、撫肩して、白い脇を乳が覗いた。それでも、脱ぎかけた浴衣をなお膝に半ば挟んだのを、おっ、と這うと、あれ、と言う間に、亭主がずるずると引いて取った。「はははは。」 と笑いながら。・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 堤防を離れた、電信のはりがねの上の、あの辺……崖の中途の椎の枝に、飛上った黒髪が――根をくるくると巻いて、倒に真黒な小蓑を掛けたようになって、それでも、優しい人ですから、すんなりと朝露に濡れていました。それでいて毛筋をつたわって、落ち・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ただし、その上に、沈んだ藤色のお米の羽織が袖をすんなりと墓のなりにかかった、が、織だか、地紋だか、影絵のように細い柳の葉に、菊らしいのを薄色に染出したのが、白い山土に敷乱れた、枯草の中に咲残った、一叢の嫁菜の花と、入交ぜに、空を蔽うた雑樹を・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・片手をすんなりと厚い絹地の服のひだの間にたれ、質素なひだ飾りが二すじほど付いているなりのイエニーの顔は、若い信頼にみちた妻の誠実さと、根本の平安にみちた表情をたたえている。二人の愛のゆるがない調和が流れているけれども、はっきりと外界に向って・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
細い流れがうねって引込んである。奥の植込みに、石南花が今を盛りに咲いていた。海、砂、五月の空、互になかなか美しい、もう一本目を牽く樹があった。すんなり枝を延ばし梢高く、樹肌がすべすべで薄紅のに、こちゃこちゃ、こちゃこちゃと・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・髪の下に、生え際のすんなりした低い額と、心持受け口の唇とがある。納戸の着物を着た肩があって、そこには肩あげがある。 目で見る現在の景色と断れ断れな過去の印象のジグザグが、すーっとレンズが過去に向って縮むにつれ、由子の心の中で統一した。・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・面長の、眼の大きい、すんなりした顔立の男だけれ共、少し気の遠い処が有りそうな口元をして居る。色なんかちっとも白い事はない。額の生際の方が少し顔の下の方よりは白っぽい。まだいかにも兵隊帰りの様子をして居て歩くのでも、口の利きかたでも「…………・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫