・・・その盾には丈高き女の前に、一人の騎士が跪ずいて、愛と信とを誓える模様が描かれている。騎士の鎧は銀、女の衣は炎の色に燃えて、地は黒に近き紺を敷く。赤き女のギニヴィアなりとは憐れなるエレーンの夢にだも知る由がない。 エレーンは盾の女を己れと・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・「落ちる時に蹴爪ずいて生爪を剥がした」「生爪を? 痛むかい」「少し痛む」「あるけるかい」「あるけるとも。ハンケチがあるなら抛げてくれたまえ」「裂いてやろうか」「なに、僕が裂くから丸めて抛げてくれたまえ。風で飛ぶと・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・赤い花、黄な花、紫の花――花の名は覚えておらん――色々の花でクララの頭と胸と袖を飾ってクイーンだクイーンだとその前に跪ずいたら、槍を持たない者はナイトでないとクララが笑った。……今は槍もある、ナイトでもある、然しクララの前に跪く機会はもうあ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・「こよいあなたは ときいろの むかしのきもの つけなさる かしわばやしの このよいは なつのおどりの だいさんや やがてあなたは みずいろの きょうのきものを つけなさる かしわばやしの よろこびは あな・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
七月二十一日 晴 木の葉のしげみや花ずいの奥にまだ夜の香りがうせない頃に目が覚めた。外に出る。麻裏のシットリとした落つきも、むれた足にはなつかしい。 この頃めっきり広がった苔にはビロードのやわらかみと快い弾力が有ってみどりの細い・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・ ロザリーは、どちらにもつかず、公平な態度を保っていましたが、アンナが夜中にまで、跪ずいてお祈を繰返すのには恐れました。 お祈はきまって一つです。妹のフロラが彼女に自分の幸運をゆずろうともせず意気揚々とインド行の仕度にロンドンへ父と・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
出典:青空文庫