・・・ おれは聞えない振りをして、ずんずん歩いた。そうすると大騒ぎになった。電車に乗っていた連中が総立ちになる。二人はおれを追い掛けに飛んで下りる。一人は車掌に談判する。今二人は運転手に談判する。車の屋根に乗っている連中は、蝙蝠傘や帽やハンケ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・つ困った事は、私がたとえばある器物か絵かに特別の興味を感じて、それをもう少し詳しくゆっくり見たいと思っても、案内者はすべての品物に平等な時間を割り当てて進行して行くのだから、うっかりしているとその間にずんずんさきへ行ってしまって、その間に私・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・日本はまるで筍のように一夜の中にずんずん伸びて行く。インスピレーションの高調に達したといおうか、むしろ狂気といおうか、――狂気でも宜い――狂気の快は不狂者の知る能わざるところである。誰がそのような気運を作ったか。世界を流るる人情の大潮流であ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 碌さんは胸まで来る薄をむやみに押し分けて、ずんずん声のする方に進んで行く。「おおおい」「おおおい。どこだ」「おおおい。ここだ」「どこだああ」「ここだああ。むやみにくるとあぶないぞう。落ちるぞう」「どこへ落ちたん・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ 見る物がなくなって、空を見ると、黒雲と白雲と一面に丑寅の方へずんずんと動いて行く。次第に黒雲が少くなって白雲がふえて往く。少しは青い空の見えて来るのも嬉しかった。 例の三人の子供は復我垣の外まで帰って来た。今度はごみため箱の中へ猫・・・ 正岡子規 「飯待つ間」
・・・ それから苔の上をずんずん通り、幾本もの虫のあるく道を横切って、大粒の雨にうたれゴム靴をピチャピチャ云わせながら、楢の木の下のブン蛙のおうちに来て高く叫びました。「今日は、今日は。」「どなたですか。ああ君か。はいり給え。」「・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟してこの人たち二人を抱いて、浮べるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰が投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑ってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・笑って歩いていると、Y、一人ずんずん駒形通りへ曲りそうに歩いて行く。私までおやと思った。「あすこから乗るんじゃあなかったんですか」「――そうだと思っていたの……」 Yは大きな看板を上げているツウリングのガレージが目的であったのだ・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ 藍子は、額にかざして日をよけていた雑誌の丸めたのを振りながら、ずんずん先へ立って砂浜へ出て行った。 遠浅ののんびりした沖に帆かけ船が数艘出ている。それ等は殆ど動かず水平線上に並んでいた。「静かな海だなあ」「……もっと波の高・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・僕が画をかくように、怪物が土台になっていても好いから、構わずにずんずん書けば好いじゃないか。」「そうはいかないよ。書き始めるには、どうしても神話を別にしなくてはならないのだ。別にすると、なぜ別にする、なぜごちゃごちゃにして置かないかと云・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫