・・・お前は勿体なくもアグニの神の、声色を使っているのだろう」 さっきから容子を窺っていても、妙子が実際睡っていることは、勿論遠藤にはわかりません。ですから遠藤はこれを見ると、さては計略が露顕したかと思わず胸を躍らせました。が、妙子は相変らず・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ 天国の民 天国の民は何よりも先に胃袋や生殖器を持っていない筈である。 或仕合せ者 彼は誰よりも単純だった。 自己嫌悪 最も著しい自己嫌悪の徴候はあらゆるものにうそを見つけることで・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・その後を追いかけてどっと自分たちの間から上った、嵐のような笑い声、わざと騒々しく机の蓋を明けたり閉めたりさせる音、それから教壇へとび上って、毛利先生の身ぶりや声色を早速使って見せる生徒――ああ、自分はまだその上に組長の章をつけた自分までが、・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・そこで麦藁帽子をかぶるが早いか、二度とこの界隈へは近づくなと云うお敏の言葉を、声色同様に饒舌って聞かせました。新蔵はその言葉を静に聞いていましたが、やがて眉を顰めると、迂散らしい眼つきをして、「来てくれるなと云うのはわかるけれど、来れば命に・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
一 新婦が、床杯をなさんとて、座敷より休息の室に開きける時、介添の婦人はふとその顔を見て驚きぬ。 面貌ほとんど生色なく、今にも僵れんずばかりなるが、ものに激したる状なるにぞ、介添は心許なげに、つい居・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ 牙の六つある大白象の背に騎して、兜率天よりして雲を下って、白衣の夫人の寝姿の夢まくらに立たせたまう一枚のと、一面やや大なる額に、かの藍毘尼園中、池に青色の蓮華の開く処。無憂樹の花、色香鮮麗にして、夫人が無憂の花にかざしたる右の手のその・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 話に聴いた、青色のその燈火、その台、その荒筵、その四辺の物の気勢。 お雪は台の向へしどけなく、崩折れて仆れていたのでありまする。女は台の一方へ、この形なしの江戸ッ児を差置いて、一方へお雪を仆した真中へぬッくと立ち、袖短な着物の真白・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・二葉亭の若辰の身振声色と矢崎嵯峨の屋の談志の物真似テケレッツのパアは寄宿舎の評判であった。嵯峨の屋は今は六十何歳の老年でマダ健在であるが、あのムッツリした朴々たる君子がテケレッツのパアでステテコ気分を盛んに寄宿舎に溢らしたもんだ。語学校の教・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・また緑色のもあれば、紫色のも、青色のもありました。良吉は、自分はなんのおもちゃも、また珍しいものも持たないけれど、この空の星だけは自分のものにきめておこうと思いました。そして毎晩、あの星の光をみつめて寝ようと思いました。 良吉は、毎晩、・・・ 小川未明 「星の世界から」
・・・側は西洋銀らしく大したものではなかったが、文字盤が青色で白字を浮かしてあり、鹿鳴館時代をふと思わせるような古風な面白さがあった。「いい時計ですね。拝見」 と、手を伸ばすと、武田さんは、「おっとおっと……」 これ取られてなるも・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
出典:青空文庫