・・・いくたびも生死の境にさまよいながら、今年初めて……東京上野の展覧会――「姐さんは知っているか。」「ええこの辺でも評判でございます。」――その上野の美術展覧会に入選した。 構図というのが、湖畔の霜の鷭なのである。――「鷭は一生を通じて・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ こないな意気地なしになって、世の中に生きながらえとるくらいなら、いッそ、あの時、六カ月間も生死不明にしられた仲間に這入って、支那犬の腹わたになっとる方がましであった。それにしても、思い出す度にぞッとするのは、敵の砲弾でもない、光弾の光でも・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・を忘れて夢中になった例は余り多くなかったので、さしもの翁も我を折って作者を見縊って冷遇した前非を悔い、早速詫び手紙を書こうと思うと、山出しの芋掘書生を扱う了簡でドコの誰とも訊いて置かなかったので住居も姓氏も解らなかった。いよいよ済まぬ事をし・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・陸放翁のいったごとく「我死骨即朽、青史亦無名」と嘆じ、この悲嘆の声を発してわれわれが生涯を終るのではないかと思うて失望の極に陥ることがある。しかれども私はそれよりモット大きい、今度は前の三つと違いまして誰にも遺すことのできる最大遺物があると・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・そして一つの工場は、製紙工場でありました。毎朝、五時に汽笛が鳴るのですが、いつもこの二つは前後して、同じ時刻に鳴るのでした。 二つの工場の屋根には、おのおの高い煙突が立っていました。星晴れのした寒い空に、二つは高く頭をもたげていましたが・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・はすっぱの娘は、はじめのうちこそ、その帰りを待ったけれど、生死がわからなくなると、はやくも、あきらめてしまいました。なぜなら、秋から、冬にかけて、すさまじい風が吹きつのって、沖が暴れ狂ったからでした。彼女は、いつしか、他の青年を恋するように・・・ 小川未明 「海のまぼろし」
・・・虚無の自然と生死する人生とを関連する不思議な鍵です。芸術の中でも、童話は小説などと異って、直ちに、現実の生命に飛び込む魔術を有しています。 童話は、全く、純真創造の世界であります。本能も、理性も、この世界にあっては、最も自由に、完美に発・・・ 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
いかなる主義と雖も現実から出発していないものはない。現実を有りのまゝの静止したもの、固定したものと見做すのが間違っている。現実はどうともすることの出来ない客観的の実在であると同時に、また極めて主観的な実在である。我々が懐く凡ゆる感情、・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・そんな心の底に、生死もわからぬ妻子のことがあった。「おい、巧いぞ。もっとやってくれ」 浮浪者の中から、声が来た。「阿呆いえ。そんな殺生な注文があるか。こんな時に、落語やれいうのは、葬式の日にヤッチョロマカセを踊れいうより、殺生や・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・そして静止している方が精神が統一されていいが、影は少し揺れ動く方がいいのだ。自分が行ったり戻ったり立ち留ったりしていたのはそのためだ。雑穀屋が小豆の屑を盆の上で捜すように、影を揺ってごらんなさい。そしてそれをじーっと視凝めていると、そのうち・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
出典:青空文庫