・・・ 自分のちからでは、制止できぬ鬼、かなしいことには、制止できぬ泣きむし。めちゃめちゃめちゃ。「かんにんして、ね、声だけでも低く、ね。」「おれのせいじゃないんだ。すべて神様のお思召さ。おれは、わるくないんだ。けれども、前生に亭主を叱る・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ スタートラインに並んで、未だ出発の合図のピストルの打ち鳴らされぬまえに飛び出し、審判の制止の声も耳にはいらず、懸命にはしってはしってついに百米、得意満面ゴールに飛び込み、さて写真班のフラッシュ待ちかまえ、にっと笑ってみるのだが、少し様・・・ 太宰治 「答案落第」
・・・金魚鉢のメダカが、鉢の底から二寸くらいの個所にうかんで、じっと静止して、そうしておのずから身ごもっているように、私も、ぼんやり暮しながら、いつとはなしに、どうやら、羞ずかしい恋をはじめていたのでした。 恋をはじめると、とても音楽が身にし・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・太閤が、そんなに魅力のある人物だったら、いっそ利休が、太閤と生死を共にするくらいの初心な愛情の表現でも見せてくれたらよさそうなものだとも思われる。「人を感激させてくれるような美しい場面がありませんね。」私はまだ若いせいか、そんな場面の無・・・ 太宰治 「庭」
・・・それから、御自身のお世嗣を。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を。」「おどろいた。国王は乱心か。」「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・まことは、小心翼々の、甘い弱い、そうして多少、頭の鈍い、酒でも飲まなければ、ろくろく人の顔も正視できない、謂わば、おどおどした劣った子である。こいつが、アレキサンダア・デュマの大ロマンスを読んで熱狂し、血相かえて書斎から飛び出し、友を選ばば・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・完璧は、静止の形として、発見されることが多い。それとも、目にとまらぬ早さで走るか、そのいずれかである。沈黙している作家の美しさ、おそろしさも、また、そこに在るのであるが、私は、いまは、そんなに色気を多くして居られない。まごまごしていると、あ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・君に、たしかな目的があって、制止できない渇望があって、そうして、ちゃんと聡明な、具体的な計画があっての、出京だとばかり思っていた。それが、どうだ、八重田数枝のとこに、ころがりこんで、そのまんま、何もしやしない。八重田数枝は、あんな、気のいい・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ まるで、シャンパンでも抜くような騒ぎで、私の制止も聞かず階下に降りて行き、すぐその一本、栓を抜いたやつをお盆に載せて持って来た。「細君がいないので、せっかくおいで下さっても、何のおもてなしも出来ず、ほんの有り合せのものですが、でも・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・停車場に来ている時もある。生死に関すると云う程でもなく、ちょいとした危険があるのを冒すのが、なんとも云えないように面白い。ポルジイはまだ子供らしく、こんなかくれん坊の興味を感じる。ドリスも冒険という冒険が好きだから、同じように嬉しがる。芝居・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫