・・・後者等は大体において人間心理を伝統的理想の鋳型に嵌めて活動させているとしか思われないのに反して、西鶴だけは自分自身の肉眼で正視し洞察し獲得した実証的素材を赤裸々に記録している傾向がある。 西鶴の人間に関する観察帰納演繹の手法を例示するも・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・それよりもおもしろいのは一色の壁や布の面からありとあらゆる色彩を見つけ出したり、静止していると思った草の葉が動物のように動いているのに気がついたりするような事であった。そして絵をかいていない時でもこういう事に対して著しく敏感になって来るのに・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・自転車が一台飛んで来て制止にかまわず突切って渡って行った。堀に沿うて牛が淵まで行って道端で憩うていると前を避難者が引切りなしに通る。実に色んな人が通る。五十恰好の女が一人大きな犬を一匹背中におぶって行く、風呂敷包一つ持っていない。浴衣が泥水・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・あとで扉はパタンパタンと数回の振動をしなければすぐには静止の位置に落着かないのであった。 電車の中でも人はチューインガムを噛んでいた。そうして電車の床の上へ平気で唾を吐いていた。ヨーロッパでは見たことのない現象である。 ワシントンで・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・如何に鉄道が拡がっても製糸工場が増しても、まだまだそこらの山陰や川口にはこんな浴場はいくらも残っているだろう。 こんな取り止めも付かぬ事を色々な人に話してみた。 二、三の先輩は怒ったような顔をし、あるいは苦笑して何とも云わなかっ・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・ あるいはまた、香気ないし臭気を含んだ空気が鳥に相対的に静止しているのでは有効な刺激として感ぜられないが、もしその空気が相対的に流動している場合には相当に強い刺激として感ぜられるというようなことがないとも限らない。 鳥の鼻に嗅覚はな・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・普通な農作のほかに製茶製糸養蚕のごときものも、鉱業や近代的製造工業のごときものに比較すればやはり庭園的である。風にそよぐ稲田、露に浴した芋畑を自然観賞の対象物の中に数えるのが日本人なのである。 農業者はまたあらゆる職業者の中でも最も多く・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・それが、どうもだいたい同じ方向を向いて静止していることが多いような気がする。もしそうだとすると何がこの魚をこうさせるかが問題になる。 エンゼルフィッシの子が数尾同じ槽にいるのを見ていると、一尾が徐々に上昇し始めるとほとんど同時に他の仲間・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・ ベランダから池の向こうの踊り場を正視していたときに、正面から左方約四十五度の方向で仰角約四十度ぐらいの高さの所を一つの火の玉が水平に飛行したというのである。その水平経路の視角はせいぜい二三十度でその角速度は、どうもはっきりはしないが、・・・ 寺田寅彦 「人魂の一つの場合」
・・・スクリーンと自分の目とが静止しているとは思われなくて、スクリーンが猟者といっしょに進行するのを、絶えず目を横に動かして追跡しているとしか感じられない。おそらく実際眼球が周期的に動くのではないかと思われる。ところが音響の場合には、これに相当す・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
出典:青空文庫