・・・そして、子供は生長して社会に立つようになっても、母から云い含められた教訓を思えば、如何なる場合にも悪事を為し得ないのは事実である。何時も母の涙の光った眼が自分の上に注がれて居るからである。これは架空的の宗教よりも強く、また何等根拠のない道徳・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・といって、吉雄くんは、自分のうちのいちじゅくが、くらべものにならぬほど、成長のおそいのをかわいそうに感じたのでした。 吉雄くんは、お家へ帰って、さっそく、庭の片すみにあったいちじゅくの木を、圃へ移してやりました。「僕がわるかったのだ・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
・・・ その日から、草は太陽の光を受けて、めきめきと成長いたしました。一月ばかりの間に、どんなに草は大きくなったでしょう。そして、枝ものびて、つぼみもつけて、いまにも花を咲こうとしたのであります。 そのとき、太陽は、ふたたび屋根のあちらに・・・ 小川未明 「小さな草と太陽」
・・・ます/\持っている、よいところを生長させることが当然として考えられなければならない筈なのだ。 子供の純真な姿を見た者は、決して、この人間に対して、絶望をしないであろう。もし人間が救われないものなれば、誰か、人間に対して、理想と信条を有し・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・ 人間の知識的生長は、いうまでもなく最も個人的である。従って一定の規矩を以て、その生長を制限することは、極めて愚しい事である。殊に才能の点に於て特殊的なる文学方面は、それが一層甚だしいといわねばならない。 たゞ然し、最も妥当なる順序・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・ 人間が生存する限り、生長が、社会のすべてに期待される。けれど、今日は、芸術――広く言えば文壇が、特に、私的生活と複雑な関係を有するだけに、単純に批判されないものがある。 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・孫の成長とともにすっかり老いこみ耄碌していた金助が、お君に五十銭貰い、孫の手を引っぱって千日前の楽天地へ都築文男一派の新派連鎖劇を見に行った帰り、日本橋一丁目の交叉点で恵美須町行きの電車に敷かれたのだった。救助網に撥ね飛ばされて危うく助かっ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・者な話術を持って若くして文壇へ出た時、私は彼の逞しい才能にひそかに期待して、もし彼が自重してその才能を大事に使うならば、これまでこの国の文壇に見られなかったような特異な作家として大成するだろうと、その成長を見守っていたのだが、文壇へ出て二三・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・とにかく君の本体なるものは活きた、成長して行く――そこから芽が吹くとか枝が出るとかいったようなものではなくて、何かしら得体の知れないごろっとした、石とか、木乃伊とか、とにかくそんなような、そしてまったく感応性なんてもののない……そうだ、つま・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・自分はもと山多き地方に生長したので、河といえばずいぶん大きな河でもその水は透明であるのを見慣れたせいか、初めは武蔵野の流れ、多摩川を除いては、ことごとく濁っているのではなはだ不快な感を惹いたものであるが、だんだん慣れてみると、やはりこのすこ・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
出典:青空文庫