・・・今はもう敵打は、成否の問題ではなくなっていた。すべての懸案はただその日、ただその時刻だけであった。甚太夫は本望を遂げた後の、逃き口まで思い定めていた。 ついにその日の朝が来た。二人はまだ天が明けない内に、行燈の光で身仕度をした。甚太夫は・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・しかも作家のつける折紙のほうが、論理的な部分は、客観的にも、正否がきめられうるから。○夏目先生の逝去ほど惜しいものはない。先生は過去において、十二分に仕事をされた人である。が、先生の逝去ほど惜しいものはない。先生は、このごろある転機の上・・・ 芥川竜之介 「校正後に」
・・・その原因を臆測するにもまたその正否を判断するにも結局当の自分の不安の感じに由るほかはないのだとすると、結局それは何をやっているのかわけのわからないことになるのは当然のことなのだったが、しかしそんな状態にいる吉田にはそんな諦めがつくはずはなく・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ この作業仮説の正否を吟味しうるためには、われわれは後日を待つほかはない。もし他日この同じ地方に再び頻繁に地鳴りを生ずるような事が起これば、その時にはじめてこの想像が確かめられる事になる。しかしそれまでにどれほどの歳月がたつであろうかと・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・従って、作者の心理過程の描写の正否を判断する標準が判然としていない。これは精神科学が物質科学ほどに堅固な地盤におかれていない所以である。同時にまたかくのごとき文学の可能な所以でもある。もしこれらの問題がことごとく科学的に片付けば、すべては、・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・その一例は第一部でグレエトヘンが恋の成否を占う花はステルンブルウメと原本にある。それを江南紫と書いたが、私自身に不安心なので、牧野富太郎さんに問い合せた。すると牧野さんが精しく調べて返事をして下すった。どうもドイツで単にステルンブルウメと云・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫