・・・天主と云う名に嚇されて、正法の明なるを悟らざる汝提宇子こそ、愚痴のただ中よ。わが眼より見れば、尊げに「さんた・まりあ」などと念じ玉う、伴天連の数は多けれど、悪魔「るしへる」ほどの議論者は、一人もあるまじく存ずるなり。今、事の序なれば、わが「・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・されど、小児等も不便なり、活計の術を教うるなりとて、すなわち餡の製法を伝えつ。今はこれまでぞと云うままに、頸を入れてまた差覗くや、たちまち、黒雲を捲き小さくなりて空高く舞上る。傘の飛ぶがごとし。天赤かりしとや。天狗相伝の餅というものこれなり・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・か流行の節は御用込合順番札にて差上候儀は全く無類和かに製し上候故御先々様にてかるかるやきまたは水の泡の如く口中にて消候ゆゑあはかるやきかつ私家名淡島焼などと広く御風聴被成下店繁昌仕ありがたき仕合に奉存製法入念差上来候間年増し御疱瘡流行の折ふ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それ故に国家を安んぜんと欲せば正法を樹立しなければならぬ。これが彼の『立正安国論』の依拠である。 国内に天変地災のしきりに起こるのは、正法乱れて、王法衰え、正法衰えて世間汚濁し、その汚濁の気が自ら天の怒りを呼ぶからである。「仏法やう・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 小豆島の西方、女木島という島には、海賊の住家だったらしい洞窟がある。巧妙にできた、かなり広い洞窟であるが、それがいま、オトギバナシの「桃太郎」の鬼が住んでいたところだと云われて、その島をも鬼ガ島と名づけ、遊覧者を引こうがための好奇心を・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・植通も泉州の堺、――これは富商のいた処である、あるいはまた西方諸国に流浪し、聟の十川(十川一存を見放つまいとして、しんしんの身ながらに笏や筆を擱いて弓箭鎗太刀を取って武勇の沙汰にも及んだということである。 この人が弟子の長頭丸に語った。・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・一より九に至るの数を九格正方内に一つずつ置いて、縦線、横線、対角線、どう数えても十五になる。一より十六を正方格内に置いて縦線、横線、対角線、各隅、随処四方角、皆三十四になる。二十五格内に同様に一より二十五までを置いて、六十五になる。三十六格・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・大内は西国の大大名で有った上、四国中国九州諸方から京洛への要衝の地であったから、政治上交通上経済上に大発達を遂げて愈々殷賑を加えた。大内は西方智識の所有者であったから歟、堺の住民が外国と交商して其智識を移し得たからである歟、我邦の城は孑然と・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・この觀測につきては夙に西人が種々の科學的研究あり、又近く橋本〔増吉〕文學士の研究もあれど、卑見を以てするに、嵎夷、暘谷は東方日出の個所を指し、南交は南方、昧谷は西方日沒の處、朔方は北方を意味し、何れもある格段なる地理的地點を指したるものなり・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・ 街道には久しく村落がないが、西方には楊樹のやや暗い繁茂がいたるところにかたまって、その間からちらちら白色褐色の民家が見える。人の影はあたりを見まわしてもないが、青い細い炊煙は糸のように淋しく立ちがる。 夕日は物の影をすべて長く曳く・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫