・・・もしもその際、問題の目的が「然らば男女関係の上に設くべき、無理でなく、苛酷でなく、自然に背くものでないところの制約はどんなものであらねばならぬか」という事であるのを忘れて了って、既に従来の道徳は必然服従せねばならぬものでない以上、凡ての夫が・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・いうにしても、「しかし詩には本来ある制約がある。詩が真の自由を得た時は、それがまったく散文になってしまった時でなければならぬ」というようなことをいった。私は自分の閲歴の上から、どうしても詩の将来を有望なものとは考えたくなかった。たまたまそれ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・さず、独立独歩働こう、そして相手方のために、一円ずつ貯金して、五年後の昭和十五年三月二十一日午後五時五十三分、彼岸の中日の太陽が大阪天王寺西門大鳥居の真西に沈まんとする瞬間、鳥居の下で再会しよう』との誓約書を取りかわし、人生の明暗喜怒哀楽を・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・、お抱え車夫からいきなり新聞を経営するなど、既にただの人間ではない――と思っていたところ、果して施灸巡業を思いついたり、どこかへ姿をくらましてしまったと思っていると、いつの間にか、九尺二間の店ながら、製薬の本舗に収まっている。ちょっと、普通・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・、それかといって芸術的交感と社会的趨勢とに気をひかれすぎて、内面的自律の厳粛性の弱くなったきらいがなく意志の自律性を強靭に固守する点で形式的主観的でありながら、人間行為の客観的妥当性を強調して、主観的制約を脱せしめようと努め、また学的には充・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・だから前回に述べたような現実の心づかいは実にやむを得ない制約なので、恋愛の思想――生粋精華はどこまでも恋愛の法則そのものに内在しているのだ。だからかわいたしみったれた考えを起こさずに、恋する以上は霞の靉靆としているような、梵鐘の鳴っているよ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 又、S町の近くに田を持っていたあの松茸番の卯太郎は、一方の分を製薬会社の敷地に売って五千円あまりの金を握った。 こういう売買の仲介をやるのが、熊さんという男だ。三十二本の歯をすべて、一本も残さず金で巻いている。何か、一寸売買に口を・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・その階級的制約が、水兵たち下級の生活に注意を向けることを妨げたのであろう。「酒中日記」の如き、日清戦争後の軍人が、ひどく幅をきかした風潮を、皮肉りあてこすっている作品でも、将校はいゝのだが、下士以下が人の娘や、後家や、人妻を翫弄し堕落さ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ただ、このひとときを、情にみちたひとときを、と沈黙のうちに固く誓約して、私も、Kも旅に出た。家庭の事情を語ってはならぬ。身のくるしさを語ってはならぬ。明日の恐怖を語ってはならぬ。人の思惑を語ってはならぬ。きのうの恥を語ってはならぬ。ただ、こ・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・みんなと歩調を合せるためにも、私はわざと踏みはずし、助平ごころをかき起してみせたり、おかしくもないことに笑い崩れてみせたりしていなければいけないのだ。制約というものがある。苦しいけれども、やはり、人らしく書きつづけて行くのがほんとうであろう・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
出典:青空文庫