・・・それは赤が死んだ日に例の犬殺しが隣の村で赤犬を殺して其飼主と村民の為に夥しくさいなまれて、再び此地に足踏みせぬという誓約のもとに放たれたということを聞いたからである。彼は其夜も眠らなかった。一剋である外に欠点はない彼は正直で勤勉でそうして平・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・それを心から感心して見るのは、どうしたって、本町の生薬屋の御神さんと同程度の頭脳である。こんな謀反人なら幾百人出て来たって、徳川の天下は今日までつづいているはずである。松平伊豆守なんてえ男もこれと同程度である。番傘を忠弥に差し懸けて見たりな・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・概念に制約せられない直感である。それは自己自身を表現する実在、歴史的実在に対する「サンス」である。そういう意味においては、かかる立場から世界を見るのはモンテーンが先駆をなしたということができるであろう。彼は実に非哲学者的な哲学者である。日常・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・「一、山男紫紺を売りて酒を買い候事、山男、西根山にて紫紺の根を掘り取り、夕景に至りて、ひそかに御城下(盛岡へ立ち出で候上、材木町生薬商人近江屋源八に一俵二十五文にて売り候。それより山男、酒屋半之助方へ参り、五合入程の瓢箪を差出し、こ・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・勿論俳優の力量という制約があるが、あの大切な、謂わば製作者溝口の、人生に対する都会的なロマンチシズムの頂点の表現にあたって、あれ程単純に山路ふみ子の柄にはまった達者さだけを漲らしてしまわないでもよかった。おふみと芳太郎とが並んで懸合いをやる・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・このことを、当時性関係の面で論議をかもされつつも強い勢力をもって一部に実行されていたコロンタイズム類似の行動と照らしあわせて今日の目で見ると、その頃の運動の歴史がもっていた小市民的な制約性の性質がまざまざとわかり、深い教訓を我々に語るもので・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・それから、私は、当時、保護観察所と云って、治安維持法にふれたことのある人々を、四六時中つけまわして思想的生活的に制約することを仕事にしていた役所へ行って、検事であるその所長に会って話した。当時はまだ、作家の生活権を奪うということからの抗議に・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・捕虜として各地でキャンプ生活をしながら生産労働に従ってきたひとびとの見聞は、その特別な事情から受ける制約があって、いた場所によって、収容所長の性格によって、まちまちな経験がされている。同時に日本の大衆が人民的な民主主義の道を歩きはじめて、中・・・ 宮本百合子 「あとがき(『モスクワ印象記』)」
・・・ここにイタリー芸術の置かれている何よりも困難な脱出の制約がある。〔一九三七年七月〕 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・単純な西洋風をまねたばかりでは活動写真の範囲を出ないし、われわれの日常生活の習慣が感情表現に加えている長年の制約を、演技的に止揚することは大切な努力の一つとして将来に期待されることである。「裸の町」を観ても感じたことであったが、日本の女・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
出典:青空文庫