・・・窓から外を見ると運動場は、処々に水のひいた跡の、じくじくした赤土を残して、まだ、壁土を溶かしたような色をした水が、八月の青空を映しながら、とろりと動かずにたたえている。その水の中を、やせた毛の長い黒犬が、鼻を鳴らしながら、ぐしょぬれになって・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ 農場の事務所に達するには、およそ一丁ほどの嶮しい赤土の坂を登らなければならない。ちょうど七十二になる彼の父はそこにかかるとさすがに息切れがしたとみえて、六合目ほどで足をとどめて後をふり返った。傍見もせずに足にまかせてそのあとに※いて行・・・ 有島武郎 「親子」
・・・当の二人と二、三人の留男とは毬になって赤土の泥の中をころげ廻った。折重なった人々がようやく二人を引分けた時は、佐藤は何所かしたたか傷を負って死んだように青くなっていた。仲裁したものはかかり合いからやむなく、仁右衛門に付添って話をつけるために・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・……真向うは、この辺一帯に赤土山の兀げた中に、ひとり薄萌黄に包まれた、土佐絵に似た峰である。 と、この一廓の、徽章とも言つべく、峰の簪にも似て、あたかも紅玉を鏤めて陽炎の箔を置いた状に真紅に咲静まったのは、一株の桃であった。 綺麗さ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 風すかしに細く開いた琴柱窓の一つから、森を離れて、松の樹の姿のいい、赤土山の峰が見えて、色が秋の日に白いのに、向越の山の根に、きらきらと一面の姿見の光るのは、遠い湖の一部である。此方の麓に薄もみじした中腹を弛く繞って、巳の字の形に一つ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・が、庭は赤土に薄日がさして、塔形の高い石燈籠に、苔の真蒼なさびがある。ここに一樹、思うままの松の枝ぶりが、飛石に影を沈めて、颯と渡る風に静寂な水の響を流す。庭の正面がすぐに切立の崖で、ありのままの雑木林に萩つつじの株、もみじを交ぜて、片隅な・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・民子はいつの間にか来ていて、昨日の雨で洗い流した赤土の上に、二葉三葉銀杏の葉の落ちるのを拾っている。「民さん、もうきたかい。この天気のよいことどうです。ほんとに心持のよい朝だねイ」「ほんとに天気がよくて嬉しいわ。このまア銀杏の葉の綺・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・が、汎濫した欧化の洪水が文化的に不毛の瘠土に注いで肥饒の美田となり、新たに植樹した文明の苗木が成長して美果を結んだのは争えない。少くも今日の新らしい文芸美術の勃興は当時の欧化熱に負う処があった。 井侯以後、羹に懲りて膾を吹く国粋主義は代・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・「いませんのよ。」と、お姉さんは、帰ってきました。「赤土の原っぱにも。」「ええ、原っぱにも、お宮の境内にも。」 正ちゃんは、よく、その原っぱや、お宮の境内で、お友だちといろいろのことをして遊ぶのです。「どこへいったでしょ・・・ 小川未明 「ねことおしるこ」
・・・また径の縁には赤土の露出が雨滴にたたかれて、ちょうど風化作用に骨立った岩石そっくりの恰好になっているところがあった。その削り立った峰の頂にはみな一つ宛小石が載っかっていた。ここへは、しかし、日がまったく射して来ないのではなかった。梢の隙間を・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
出典:青空文庫