・・・ しかしポルジイにはそれが面白くなくなって来た。折角の話を半分しか聞かないことがある。自分の行きたくて行かれない処の話を、人伝に聞いては満足が出来なくたった。あらゆる面白い事のあるウィインは鼻の先きにある。それを行って見ずに、ぐずぐずし・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 奥さんは菜園のなかを、こごんで折れてしまった茄子をかぞえてあるきながら、「ほんとに九本も、折っちまったじゃないか、折角旦那様が丹精なすってるのに」「……………」 私は何度も「すみません」とお辞儀したが、それより他に言葉もめ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・丁度、西南戦争の後程もなく、世の中は、謀反人だの、刺客だの、強盗だのと、殺伐残忍の話ばかり、少しく門構の大きい地位ある人の屋敷や、土蔵の厳めしい商家の縁の下からは、夜陰に主人の寝息を伺って、いつ脅迫暗殺の白刄が畳を貫いて閃き出るか計られぬと・・・ 永井荷風 「狐」
・・・わたくしは折角西瓜を人から饋られて、何故こまったかを語るべきはずであったのだ。わたくしが口にすることを好まなければ、下女に与えてもよいはずである。然るにわたくしの家には、折々下女さえいない時がある。下女がいなければ、隣家へ饋ればよいという人・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・しかし折角の催しで人数も十二人だけだからといって、漸くイブセンを説き伏せた。面倒を省くためにイブセンの泊っている宿屋で、帝国ホテル見たようなところで開くということになり、それでいよいよ当日になって丁度宜い時刻になったから、ブランデスはイブセ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・あるいは云う、八人の刺客がリチャードを取り巻いた時彼は一人の手より斧を奪いて一人を斬り二人を倒した。されどもエクストンが背後より下せる一撃のためについに恨を呑んで死なれたと。ある者は天を仰いで云う「あらずあらず。リチャードは断食をして自らと・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・もしもこの『養生訓』、『女大学』をして、益軒翁以下、尋常文人の手にならしめなば、折角の著書もさまでの声価を得ざりしことならん。 この他、『唐詩選』の李于鱗における、百人一首の定家卿における、その詩歌の名声を得て今にいたるまで人口に膾炙す・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・その後僕は君と交っている間、君の毒気に中てられて死んでいた心を振い起して高い望を抱いたのだが、そのお蔭で無慙な刺客の手にかかって、この刃を胸に受けて溝壑に捨てられて腐ってしまったのだ。しかし君のように誰のためにするでもなく、誰の恩を受けるで・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・こいつは棺にも入れず葬むりもしないから誠に自由な感じがして甚だ心持がよいわけであるが、併し誰れかに見つけられて此ミイラを風の吹く処へかつぎ出すと、直ぐに崩れてしまうという事である。折角ミイラになって見た所が、すぐに崩れてしもうてはまるで方な・・・ 正岡子規 「死後」
・・・どうぞお急きにならないで下さい。折角、はかったのがこぼれますから。へいと、これはあなた。」「いや、ありがとう、ウーイ、ケホン、ケホン、ウーイうまいね。どうも。」 さてこんな工合で、あまがえるはお代りお代りで、沢山お酒を呑みましたが、・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
出典:青空文庫