・・・「諸君、先週わたしの申し上げた所は御理解になったかと思いますから、今日は更に一歩進んだ『半肯定論法』のことを申し上げます。『半肯定論法』とは何かと申すと、これは読んで字の通り、或作品の芸術的価値を半ば肯定する論法であります。しかしその『・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・二人は底知れぬ谷に墜ち失せたり。千秋万古、ついにこの二人がゆくえを知るものなく、まして一人の旅客が情けの光をや。 しゅうど 美わしき菫の種と、やさしき野菊の種と、この二つの一つを石多く水少なく風勁く土焦げたる地に・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・植通も泉州の堺、――これは富商のいた処である、あるいはまた西方諸国に流浪し、聟の十川(十川一存を見放つまいとして、しんしんの身ながらに笏や筆を擱いて弓箭鎗太刀を取って武勇の沙汰にも及んだということである。 この人が弟子の長頭丸に語った。・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 此処は当時明や朝鮮や南海との公然または秘密の交通貿易の要衝で大富有の地であった泉州堺の、町外れというのでは無いが物静かなところである。 夕方から零ち出した雪が暖地には稀らしくしんしんと降って、もう宵の口では無い今もまだ断れ際にはな・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
第一巻 ことしの夏、私はすこしからだ具合いを悪くして寝たり起きたり、そのあいだ私の読書は、ほとんど井伏さんの著書に限られていた。筑摩書房の古田氏から、井伏さんの選集を編むことを頼まれていたからでもあったのだ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・一緒に依頼した共通の友人、菊地千秋君にも、その他の諸君にも、みんな同文のものを書いただけだ。君にだけ特別個人的に書けばよかったのであろうが、そういう時間がなかったことは前述の通りだ。あの依頼の手紙を書いて、君の気持を害う結果になろうとは夢に・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・その後、失礼して居ります。先週の火曜日にそちらの様子見たく思い、船橋に出かけようと立ち上った処に君からの葉書来り、中止。一昨夜、突然、永野喜美代参り、君から絶交状送られたとか、その夜は遂に徹夜、ぼくも大変心配していた処、只今、永野よりの葉書・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・は、たいへん男振りが自慢らしく、いつかその人の選集を開いてみたら、ものの見事に横顔のお写真、しかもいささかも照れていない。まるで無神経な人だと思った。 あの人にとぼけるという印象をあたえたのは、それは、私のアンニュイかも知れないが、しか・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ちょうど、執務中なので、君の家の泉州という料理屋に行って待っていた。萩原君はそこの二男か三男で、今はH町の郵便局長をしているが、情深い、義理に固い人であるのは、『日記』の中にもたびたび書いてあった。その日はそこでご馳走になって、種々と小林君・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ 科学者の中にはその専修学科の発達の歴史に特別の興味を有っている人が多数にある。これが一歩進むとその歴史に関したあらゆる記録、古文書、古器物に対して丁度骨董家が有つような愛好の念をもってこれを蒐集する人もある。これは先ず純粋な骨董趣味と・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
出典:青空文庫