・・・――八大竜王鳴渡りて、稲妻ひらめきしに、諸人目を驚かし、三日の洪水を流し、国土安穏なりければ、さてこそ静の舞に示現ありけるとて、日本一と宣旨を給りけると、承り候。―― 時に唄を留めて黙った。「太夫様。」 余り尋常な、・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・竹の皮の黒焼きを煎じて飲みなはれ。下痢にはもってこいでっせ」 男は狼狽して言った。 汽車が動きだした。「竹の皮の黒焼きでっせ」 男は叫んだ。 汽車はだんだんにプラットホームを離れて行った。「竹の皮の黒焼きでっせ」・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・安い薬草などを煎じてのんで、そのにおいで畳の色がかわっているくらい――もう、わずらってから、永いことになるんだ。 結局お前は手ぶらですごすご帰って行った。呼びかえして、「――あれはどうしてる?」 と、お千鶴のことを訊きたかったが・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・人から聴けば臍の緒も煎じ、牛蒡の種もいいと聴いて摺鉢でゴシゴシとつぶした。 しかし一代は衰弱する一方で、水の引くようにみるみる痩せて行き、癌特有の堪え切れぬ悪臭はふと死のにおいであった。寺田はもはや恥も外聞も忘れて、腫物一切にご利益があ・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・と怒りながらも、まじないに、屋根瓦にへばりついている猫の糞と明礬を煎じてこっそり飲ませたところ効目があったので、こんどもそれだと思って、黙って味噌汁の中に入れると、柳吉は啜ってみて、変な顔をしたが、それと気付かず、味の妙なのは病気のせいだと・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 戦時は艦内の生活万事が平常よりか寛かにしてあるが、この日はことに大目に見てあったからホールの騒ぎは一通りでない。例の椀大のブリキ製の杯、というよりか常は汁椀に使用されているやつで、グイグイあおりながら、ある者は月琴を取り出して俗歌の曲・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・ 俸給が、その時、戦時加俸がついてなんでも、一カ月五円六十銭だった。兵卒はそれだけの金で一カ月の身ざんまいをして行かねばならない。その上、なお一円だけ貯金に、金をとられるのだ。個人的な権限に属することでも、命じられた以上は、他を曲げて実・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 戦時に於ける、反戦文学の主要力点は、こゝに注がれなければならぬ。 プロレタリアートは、××のために起って来る、経済的、政治的危機を××××「資本主義社会の××を迅速ならしめなければならない。」 が、これも、これだけを独立して取・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・わいら、うらの爪の垢なりと煎じて飲んどけい。」 彼は太平楽を並べていばっていた。「何ぬかすぞい! 卯の天保銭めが!」 麦を踏み荒されたばかりで敷地となる田も畠もない持たない小作人は、露骨な反感を現わした。「うちの田は、ちょっ・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・第二章 戦時に動員されて簇出した小説 まず、さきに、戦争に動員されて簇出した戦争小説にふれて置きたい。 一八九四年朝鮮に東学党の乱が起って、これが導火線となって日清戦争が勃発するや、国内は戦争気分に瀰漫されるに到った。そ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
出典:青空文庫