・・・その頃から、本年八月迄、十四年の間、日本の婦人運動は辛うじて母子保護法を通過させたのみで、炭鉱業者が戦時必需の名目で婦人の坑内深夜業復活を要求したのに対し、何の防衛力ともなり得なかった。婦人の政治参加の問題どころか、戦争に熱中した政府は戦争・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・ 例えばいろいろな火災保険であるとか、戦時保険であるとか、また、退職手当というものも、大分使い果してしまっているのであります。別に私たちのところに、何万円もの金があって、それが自由になるなどという人は一般にはないわけです。 モラトリ・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・今日、平和日本の建設または民主日本の誕生などといっている政党のほとんど全部は、戦時中の議会で、すべての軍事費に賛成して来た人々の集りです。 真心から婦人の幸福を思い、差別ある待遇を改善しようとして、あらゆる場面で、ともども闘って来た日本・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
・・・でも読みかえして見るように、国内戦時代にかかれたそれらの作品を愛読した。作品としては下手に書かれたものでさえも、読者は、それを読んで思い出す自分達の経験の豊富さ、なまなましさで補ってくれたのである。 やがて十年経った。そして十一年たった・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・そして、この期間は同時に、戦時中最悪の労働条件に虐使されて来た勤労男女が、基本的な人権と労働の権利にたって、インフレーションとたたかいながら、日本の労働条件を半植民地の低さから解放しようと奮闘した。外にあらわれた形では大小のストライキ続きだ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・昨今婦人代議士のいうことは戦時中村岡花子や山高しげりその他の婦人達が婦人雑誌や地方講演に出歩いて、どうしてもこの戦いを勝たすために、挙国一致して「耐乏生活」をやりとげてくださいと説いてまわったと同じような「耐乏生活」の泣きおとしです。今日彼・・・ 宮本百合子 「今度の選挙と婦人」
・・・商売というものの性質も昨今は急速に変って来ているのだし、従って明治時代に描かれたような個人の立身出世の夢や、この一二年前のような戦時成金への夢想も既に現実のよりどころは喪っている。自分一人の儲け、自分一人の立身出世、それを狙うことの愚かさは・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・第二の若僧 お師様、 お薬を煎じて参ったのでございます。 どうぞ召上って――法王 いろいろといかい御手数じゃ。 したがの、わしは今日はもう、せっかくじゃが、薬は、いらぬのじゃ。第二の若僧 どう遊ばしてでございます・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・げんのしょうこを煎じた日向くさいような匂がその辺に漂っていた。 長く引っぱって呻くように唄う言葉は分らないが、震えながら身を揉むようなマンドリンの音と、愁わしげに優しい低い音で絡み合うギターの響は、せきの凋びた胸にも一種の心持をかき立て・・・ 宮本百合子 「街」
・・・十七の時にはもう国司の宣旨が下った。ところが筑紫へ赴任する前に、ある日前栽で花を見ていると、内裏を拝みに来た四国の田舎人たちが築地の外で議論するのが聞こえた。その人たちは玉王を見て、あれはらいとうの衛門の子ではないかと言って騒いでいたのであ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫