・・・中庸とは英吉利語の good sense である。わたしの信ずるところによれば、グッドセンスを待たない限り、如何なる幸福も得ることは出来ない。もしそれでも得られるとすれば、炎天に炭火を擁したり、大寒に団扇を揮ったりする痩せ我慢の幸福ばかりで・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・わたしの信ずるところによれば、グッドセンスを待たない限り、如何なる幸福も得ることは出来ない。もしそれでも得られるとすれば、炎天に炭火を擁したり、大寒に団扇を揮ったりする痩せ我慢の幸福ばかりである。 小児 軍人は小児に近い・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・一人の少い方は、洋傘を片手に、片手は、はたはたと扇子を使い使い来るが、扇子面に広告の描いてないのが可訝いくらい、何のためか知らず、絞の扱帯の背に漢竹の節を詰めた、杖だか、鞭だか、朱の総のついた奴をすくりと刺している。 年倍なる兀頭は、紐・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 紫の袖が解けると、扇子が、柳の膝に、丁と当った。 びくりとして、三つ、ひらめく舌を縮めた。風のごとく駆下りた、ほとんど魚の死骸の鰭のあたりから、ずるずると石段を這返して、揃って、姫を空に仰いだ、一所の鎌首は、如意に似て、ずるずると・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ と、扇子を抜いて、風をくれつつ、「私も暑い。赤いでしょう。」「しんは青くなっているんだよ……息が切れて倒れそうでね。」「おひや、ありますよ。」「有りますか。」「もう、二階ばかり上の高い処に、海老屋の屋根の天水桶の雪・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・卓子を並べて、謡本少々と、扇子が並べてあったから、ほんの松の葉の寸志と見え、一樹が宝生雲の空色なのを譲りうけて、その一本を私に渡し、「いかが。」「これも望む処です。」 つい私は莞爾した。扇子店の真上の鴨居に、当夜の番組が大字で出・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 「焼火箸を脇の下へ突貫かれた気がしました。扇子をむしって棄ちょうとして、勿体ない、観音様に投げうちをするようなと、手が痺れて落したほどです。夜中に谷へ飛降りて、田沢の墓へ噛みつこうか、とガチガチと歯が震える。……路傍のつぶれ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 仏蘭西の港で顔を見たより、瑞西の山で出会ったのより、思掛けなさはあまりであったが――ここに古寺の観世音の前に、紅白の絹に添えた扇子の名は、築地の黒塀を隔てた時のようではない。まのあたりその人に逢ったようで、単衣の袖も寒いほど、しみじみ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・遮らなければならない日射は、扇子を翳されたものである。従って、一門の誰かれが、大概洋傘を意に介しない。連れて不忍の蓮見から、入谷の朝顔などというみぎりは、一杯のんだ片頬の日影に、揃って扇子をかざしたのである。せずともいい真似をして。……勿論・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・……焚つけを入れて、炭を継いで、土瓶を掛けて、茶盆を並べて、それから、扇子ではたはたと焜炉の火口を煽ぎはじめた。「あれに沢山ございます、あの、茂りました処に。」「滝でも落ちそうな崖です――こんな町中に、あろうとは思われません。御閑静・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
出典:青空文庫