・・・十一時四十分上野発仙台行の列車で大して混んでいず、もっと後ろに沢山ゆとりはあるのだ。婆さんの連れは然し、「戸に近い方がいいものね、ばあや、洋傘置いちゃうといいわ、いそいでお座りよ。上へのっかっちゃってさ」 窓から覗き込んで指図する。・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・ 散々思い惑うた末、先の内お君が半年ほど世話になって居た、森川の、川窪と云う、先代から面倒を見てもらって居る家へ出かけて見る気になった。 けれ共、考えて見れば川窪へも行かれた義理ではない。お君が、我儘から辛棒が出来ないで、母親に嘘電・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 追腹を切って阿部彌一右衛門は死んでしまったが、そうやって死んでも阿部一族への家中の侮蔑は深まるばかりで、その重圧に鬱屈した当主の権兵衛が先代の一周忌の焼香の席で、髻を我から押し切って、先君の位牌に供え、武士を捨てようとの決心を示した。・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ごたついているところに目をつけて、例の満州へよく行く人物を、技術家の代理と称さして、先代と口約を交してあった後継息子のところへ株を貰いにやった。頼まれた人物は創立当時の価格でそれをうまく受けとって、現価で依頼人に売った。そのことは、半ヵ月も・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・成田梅子は、仙台に女子自由党を組織し、男女同権という声は、稚拙ながら新興の意気をもって、日本全国に響いたのであった。 ところが、一八八九年憲法が発布されると同時に、人民の政治的な自由は、それによって基礎づけられてより活溌に展開されるべき・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・ 原あさを 仙台かどこかの豪家の娘 母一人、娘一人 歌をよむ。 ひどく小さい、掌にでものりそうな女 男なしに生きられぬ女 さみしさから、下らない男のところへでも写真などやる。よい人は――男は――そ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・「先代をくわしく知るものはないがなんでも都の歌人でござったそうじゃが歌枕とかをさぐりにこのちに御出なさってから、この景色のよさにうち込んで、ここに己の骨を埋めるのだと一人できめて御しまいなされ京からあととりの若君、――今の殿が許婚の姫君・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 海老屋では、家事を万事とりしきってしているという年寄り――五十四五になっている先代の未亡人――が会った。 金庫だの箪笥だのを、ズラリと嵌め込みにした壁際に、帳面だの算盤だのをたくさん積み重ねた大机を引きつけて、男のような、といって・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ ○二十五日夜、仙台よりの汽車中にて、 ○彼女は二十三四になったかならないである。どっちかと云えば、いい服装をして居るけれども、実際の生活程度はそんなに高くないらしい点がその態度の中にチョイチョイとあらわれる。東京に長く居た地方・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ 企業的な性質に富んで居た此家の先代が後半世を、非常に熱心に尽して居た極く小さな農村がこの東北の、かなり位置の好い処にある。 かなり高くて姿の美くしい山々――三春富士、安達太良山などに四方をかこまれて、三春だの、島だのと云う村々と隣・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫