・・・ 紅葉する木立もなしに山深し 千里の山嶺を攀じ幾片の白雲を踏み砕きて上り着きたる山の頂に鏡を磨ぎ出だせる芦の湖を見そめし時の心ひろさよ。あまりの絶景に恍惚として立ちも得さらず木のくいぜに坐してつくづくと見れば山更にしんしんとして・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・人権に関する最初の戦利品というようなその髯をみて、ひろ子は微笑をおさえることが出来なかった。 髯の同志がきょうの世話役らしく、暫くすると階段の下から、「みんな、集って下さい」 また響きのいい声で呼んだ。牧子と子供とが、どうしよう・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・たしかな船頭にさえ頼めば、いながらにして百里でも千里でも行かれる。自分は西国まで往くことは出来ぬが、諸国の船頭を知っているから、船に載せて出て、西国へ往く舟に乗り換えさせることが出来る。あすの朝は早速船に載せて出ようと、大夫は事もなげに言っ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫