・・・ モスクワのメーデーは、あの賑やかさと、全市に翻る赤旗の有様だけでもほんとに見せたいようだが、次の日の五月二日は休みだ。疲れやすみだね。町々には、まだ昨日の装いものがある。労働者市民は、胸に赤い花飾りなんかつけて、三人四人ずつ散歩してい・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・何かで、下駄の前歯が減るうちは、真の使い手になれぬと剣道の達人が自身を戒めている言葉をよんだ。 マヤコフスキーの靴の爪先にうたれた鋲は、彼の先へ! 先へ! 常に前進するソヴェト社会の更に最前線へ出ようと努力していた彼の一生を、実に正直に・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 東北のこの地方の子供は前歯でその茎をかんで笛の様な音を出す事を知って居る。 茎の両端をひっぱってその中央を爪ではじいて軽いしまった響を出す事も子守達が日向に座ってよくして居る事だ。 山の多い湖の水の澄んだ村に生える草には姿もそ・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ところが、この本では枚数とそのほかの理由で、社会思想前史ともいうべき内容にとどめられた。東洋、婦人の部分は著者によってふれられ得なかったのである。 この種の本の読者として、私は謂わば最も初歩者の一人である。それ故、引用されている多くの古・・・ 宮本百合子 「新島繁著『社会運動思想史』書評」
・・・ 話そうと思った事をあらまし話して仕舞うと、次に話す事を考えでもする様に、体に合わせて何だか小さい様に見える頭を下げて、前歯で「きせる」を不味そうにカシカシかみながら、黙り込んで居る。 百姓などで、東京のものの様に次から次へと考えず・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・はつ子も、赧ら顔の中から目立って大きな三枚の上前歯を見せて笑ったが、「あなただって三十五六になって御覧なさると、変りますよ。自分の浮気を押えようとしているうちはまだ浮気は小さい。私なんぞは人間は浮気に出来ているものだと思ってますね」・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ お敬ちゃんは前歯で帯どめをかみながら先に立った。小声で「己が姿を花と見てエ」ってあの歌をうたって居る。 私はもう、何とも云われない、おだやかなボーッとなる様な気持で、こまっかいふし廻しの唄をきいて居る。 私の頭ん中には、もうよ・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・ モスクワ全市の労働者クラブで、夜あけ頃まで反宗教の茶番や音楽やダンスがあった。 五ヵ年計画がソヴェト同盟に実行されはじめて、教会と坊主は、プロレタリアートと農民の社会主義社会建設の実践からすっかりボイコットされてしまった。・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
・・・天然痘、発疹チブスの危険も全市にひろがろうとしている。 これらすべての危期が、愛する日本を覆い、私たちの時々刻々を脅かしているのである。 四月十日の総選挙をめざして、各政党が、どう党費をまかなっているか、「国民的監視が必要」と云われ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・丸の内、海上ビルディング内だけでも死者数万人の見込み、東京市三分の二は全滅、加えて〔四字伏字〕、〔五字伏字〕が大挙して暴動を起し、爆弾を投じて、全市を火の海と化しつつあると、報じてある。そのどさくさ紛れに、〔四字伏字〕の噂さえ伝えられている・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫