・・・とは相違した立場であるが、それにもかかわらず、深い内面性と健やかな合理的意志と、ならびに活きた人生の生命的交感とをもって、よく倫理学の本質的に重要な諸根本問題をとりあげその解決、少なくとも解決の示唆を与えているからである。この本は生の臭覚の・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・それは馬賊か、パルチザンに相違なかった。 小村は、脚が麻痺したようになって立上れなかった。「おい、逃げよう。」吉田が云った。「一寸、待ってくれ!」 小村はどうしても脚が立たなかった。「おじるこたない。大丈夫だ。」吉田は云・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 好意からの助言には相違無いが、若崎は侮辱されたように感じでもしたか、「いやですナア蟾蜍は。やっぱり鵞鳥で苦みましょうヨ。」と、悲しげにまた何だか怨みっぽく答えた。「そんなに鵞鳥に貼くこともありますまい。」「イヤ、君だっ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・私はまた、二人の子供の性質の相違をも考えるようになった。正直で、根気よくて、目をパチクリさせるような癖のあるところまで、なんとなく太郎は義理ある祖父さんに似てきた。それに比べると次郎は、私の甥を思い出させるような人なつこいところと気象の鋭さ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・そしてこの袖は藤さんのに相違はない。小母さんや初やや、そんな二三十年前の若い女に今ごろこんな花やかな物があるはずがない。はたして藤さんが入れたのだとは断言できぬけれど、しかしほかのものがどう間違ったってこんな物を自分の抽斗へ入れこむわけがな・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・んだかわからない、亜米利加の谷川に棲むサンショウウオという小動物に形がよく似ているが、けれども、亜米利加にいるそのサンショウウオは、こんなに大きくはない、両者の間には、その大きさに於いて馬と兎くらいの相違がある。結局、なんだかわからないが、・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・細君の創意工夫の独特の味が付いています。ナマズだって、こうなると馬鹿に出来ませんよ。まあ、一口めし上ってごらんなさい。鰻と少しも変りませんから。」 お盆には、その蒲焼と、それから小さいお猪口が載っていた。私はリンゴ酒はたいてい大きいコッ・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・鞍山站の先まで行けば隊がいるに相違ない。武士は相見互いということがある、どうか乗せてくれッて、たって頼んでも、言うことを聞いてくれなかった。兵、兵といって、筋が少ないとばかにしやがる。金州でも、得利寺でも兵のおかげで戦争に勝ったのだ。馬鹿奴・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・今度の家は前のせまくるしい住居とちがって広い庭園に囲まれていたので、そこで初めて自由に接することの出来た自然界の印象も彼の生涯に決して無意味ではなかったに相違ない。 彼の家族にユダヤ人種の血が流れているという事は注目すべき事である。後年・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ こんな空想にふけりながら自分は古来の日本画家の点呼をしているうちに、ひょっくり鳥羽僧正に逢着した。僧衣にたすき掛けの僧覚猷が映画監督となってメガフォンを持って懸命に彼の傑作の動物喜劇撮影をやっているであろうところの光景を想像してひとり・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫