・・・見下せば千仭の絶壁鳥の音も聞こえず、足下に連なる山また山南濃州に向て走る、とでもいいそうなこの壮快な景色の中を、馬一匹ヒョクリヒョクリと歩んでいる、余は馬上にあって口を紫にしているなどは、実に愉快でたまらなかった。茱萸はとうとう尽きてしまっ・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・其人等は皆脚袢草鞋の出立ちでもとより荷物なんどはすこしも持っていない。一面の田は稲の穂が少し黄ばんで畦の榛の木立には百舌鳥が世話しく啼いておる。早桶は休みもしないでとうとう夜通しに歩いて翌日の昼頃にはとある村へ着いた。其村の外れに三つ四つ小・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ 橋の上に来て左右を見わたすと、幅の広い水がだぶりだぶりと風にゆさぶられて居るのが、大きな壮快な感じがする。年が年中六畳の間に立て籠って居る病人にはこれ位の広さでも実際壮大な感じがする。舟はいくつも上下して居るが、帆を張って遡って行く舟・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ 達二は、明後日から、また自分で作った小さな草鞋をはいて、二つの谷を越えて、学校へ行くのです。 宿題もみんな済ましたし、蟹を捕ることも木炭を焼く遊びも、もうみんな厭きていました。達二は、家の前の檜によりかかって、考えました。(あ・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
・・・享楽と云うよりは欠くべからざる精神爽快剤である。労働に疲れ種々の患難に包まれて意気銷沈した時には或は小さな歌謡を口吟む、談笑する音楽を聴く観劇や小遠足にも出ることが大へん効果あるように食事も又一の心身回復剤である。この快楽を菜食ならば著しく・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・夏という日本の季節を爽快にすごすことも一つの文化だとすれば、多くの女性の生活には、文化らしいものさえもたらされていない。雑誌のモードは、山に海にと、闊達自由な服装の色どりをしめし、野外の風にふかれる肌の手入れを指導しているけれども、サンマー・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 石坂氏のように、さア、返事はどうだというような気持も、主観的には壮快なるものがあるかもしれない。だが、今日の文学が、過去の或る期間においては十分云い切る自信を与えられなかった作者自身のうちに在るそういう社会感情の一面を開放しつつあると・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・と村ソヴェトの成立と同時に、彼の草鞋をぬぎすてはしなかった。密造酒をつくることも、仲介人が結納品のかけ合をやる婚礼もすぐには絶えなかった。 昔からの民謡を、ピオニェールも謡うだろう。「ステンカ・ラージンの岩」は伝説をもって、やっぱりヴォ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・今年の初、東京支部総会で婦人委員会は活動の便宜上本部婦人委員会と東京支部婦人委員会とに分れた。 僅か半年だが、婦人委員会の活動によって日本プロレタリア作家同盟東京支部における婦人同盟員の数は増した。日本プロレタリア文化連盟が、日本のプロ・・・ 宮本百合子 「国際無産婦人デーに際して」
・・・濤の轟きなどという壮快なのはない。虹ヶ浜へは去年のお正月行って海上の島の美しい景色を眺めました。でも大変風がきつかった。そして、さむくあった。 黒海は実に目醒めるばかり碧紺の海の色だのに、潮の匂いというものはちっともしないので、私は、あ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫