・・・納屋とは倉庫のことである。交通の便利は未だ十分ならず、商業機関の発達も猶幼稚であった時に際して、信頼すべき倉庫が、殆んど唯一の此の大商業地に必要で有ったろうことは云うまでも無い。納屋貸衆は多くの信ぜらるる納屋を有していて之を貸し、或は其在庫・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・また、商人は倉庫に満す物貨を集め、長老は貴重な古い葡萄酒を漁り、公達は緑したたる森のぐるりに早速縄を張り廻らし、そこを己れの楽しい狩猟と逢引の場所とした。市長は巷を分捕り、漁人は水辺におのが居を定めた。総ての分割の、とっくにすんだ後で、詩人・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・川の岸に並び立っている倉庫は、つぎつぎに私を見送り、やがて遠のく。黒く濡れた防波堤が現われる。その尖端に、白い燈台が立っている。もはや、河口である。これから、すぐ日本海に出るのだ。ゆらりと一揺れ大きく船がよろめいた。海に出たのである。エンジ・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・ あの言葉、この言葉、三十にちかき雑記帳それぞれにくしゃくしゃ満載、みんな君への楽しきお土産、けれども非運、関税のべら棒に高くて、あたら無数の宝物、お役所の、青ペンキで塗りつぶされたるトタン屋根の倉庫へ、どさんとほうり込まれて、ぴしゃん・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・お金がどうしても都合できず、他の着物を風呂敷に包んで持って行って、質屋の倉庫にある必要な着物と交換してもらう術なども覚えた。 勝治は父の画を盗んだ。それは、あきらかに勝治の所業であった。その画は小さいスケッチ版ではあったが、父の最近の佳・・・ 太宰治 「花火」
・・・孝助の忠やかなる読来れば我知らず或は笑い或は感じてほと/\真の事とも想われ仮作ものとは思わずかし是はた文の妙なるに因る歟然り寔に其の文の巧妙なるには因ると雖も彼の圓朝の叟の如きはもと文壇の人にあらねば操觚を学びし人とも覚えずしかるを尚よく斯・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・くどく、あくどくならないところがうまいのであろう。倉庫の暗やみでのねずみのクローズアップや天井から下がった繩にうっかり首を引っかけて驚いたりするのも、わざとらしくない。そうして塵埃のにおいが鼻に迫る。 結婚式場のぎょうぎょうしくて派手で・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・殺風景だと思っていたコンクリートの倉庫も見慣れると賤が伏屋とはまたちがった詩趣や俳味も見いだされる。昭和模様のコーヒー茶わんでも慣れればおもしろくなるかもしれない。それがおもしろくなるまでの我慢がしきれないで、近ごろの若い者はを口癖にいうの・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 岸壁が海の方へせり出して、その内側が陥没したので、そこに建て連ねた大倉庫の片側の柱が脚元を払われて傾いてしまっている。この岸壁も、よく見ると、ありふれた程度の強震でこの通りに毀れなければならないような風の設計にはじめから出来ているよう・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・右のほうのバックには構内の倉庫の屋根が黒くそびえて、近景に積んだ米俵には西日が黄金のように輝いており、左のほうの澄み通った秋空に赤や紫やいろいろの煙が渦巻きのぼっているのがあまりに美しかったから、いきなり絵の具箱を柵の上に置いてWCの壁にも・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
出典:青空文庫