・・・或者は代言人の玄関番の如く、或者は歯医者の零落の如く、或者は非番巡査の如く、また或者は浪花節語りの如く、壮士役者の馬の足の如く、その外見は千差万様なれども、その褌の汚さ加減はいずれもさぞやと察せられるものばかりである。彼らはまた己れが思想の・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 鳥打帽に双子縞の尻端折、下には長い毛糸の靴足袋に編上げ靴を穿いた自転車屋の手代とでもいいそうな男が、一円紙幣二枚を車掌に渡した。車掌は受取ったなり向うを見て、狼狽てて出て行き数寄屋橋へ停車の先触れをする。尾張町まで来ても回数券を持って・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・冬木町の名も一時廃せられようとしたが、居住者のこれを惜しんだ事と、考証家島田筑波氏が旧記を調査した小冊子を公刊した事とによって、纔に改称の禍 冬木弁天の前を通り過ぎて、広漠たる福砂通を歩いて行くと、やがて真直に仙台堀に沿うて、大横川の岸・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・それで先ず寄贈された大冊子の冒頭にある緒言だけを取り敢ず通覧した。 維新の革命と同時に生れた余から見ると、明治の歴史は即ち余の歴史である。余自身の歴史が天然自然に何の苦もなく今日まで発展して来たと同様に、明治の歴史もまた尋常正当に四十何・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・次第に彼は放蕩に身を持ちくずし、とうとう壮士芝居の一座に這入った。田舎廻りの舞台の上で、彼は玄武門の勇士を演じ、自分で原田重吉に扮装した。見物の人々は、彼の下手カスの芸を見ないで、実物の原田重吉が、実物の自分に扮して芝居をし、日清戦争の幕に・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・これを用いんか、奇計妙策、たちまち実際に行われて、この法を作り、かの律を製し、この条をけずり、かの目を加え、したがって出だせばしたがって改め、無辜の人民は身の進退を貸して他の草紙に供するが如きことあらん。国のために大なる害なり。あるいはこれ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・よって今、論者諸賢のため全篇通読の便利を計り、これを重刊して一冊子となすという。 明治一六年二月編者識と記すべき法なるを、ある時、林大学頭より出したる受取書に、楷書をもって尋常に米と記しければ、勘定所の俗吏輩、いかでこれを許すべき・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・第二、読本 もっとも易き文章にて諸学の手引、初歩ともなるべき事を説き、あるいは『モラルカラッスブック』などとて、脩心学の入門を記したる小冊子も、読本の内にあり。たいてい絵入りなり。この時また文法書を学ぶ。文法を知らざれば、書・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・「あれきっと双子のお星さまのお宮だよ。」男の子がいきなり窓の外をさして叫びました。 右手の低い丘の上に小さな水晶ででもこさえたような二つのお宮がならんで立っていました。「双子のお星さまのお宮って何だい。」「あたし前になんべん・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・「オーソクレさん。かまわないで下さい。あんまりこいつがわからないもんですからね。」「双子さん。どうかかまわないで下さい。あんまりこいつが恩知らずなもんですからね。」「ははあ、双晶のオーソクレースが仲裁に入った。これは実におもしろ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫