・・・お絹はお芳に手伝わせて、しまってあった障子を持ちだしたりした。「しかし姉さんはお芳さんと組んでここをやってゆきたいんだろう。姉さんの立場も考えなくちゃね」「姉さんは大阪へ行けばいいんです。それこそ気楽なもんや。こんな貧乏世帯を張って・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 道太は掃除の邪魔をしないように、やがて裏梯子をおりて、また茶の室の方へ出てきた。ちょうどおひろが高脚のお膳を出して、一人で御飯を食べているところで、これでよく生命が続くと思うほど、一と嘗めほどのお菜に茄子の漬物などで、しょんぼり食べて・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・あかるい二階の障子窓から、マンドリンをひっかきながら、外国語の歌をうたっている古藤の声や、福原や、浅川のわらい声が、ずッとちがった、遠くの世界からのようにきこえていた。 三「社会問題大演説会」は、ひどく不人気だった。・・・ 徳永直 「白い道」
・・・「ハーイ、わしがおふくろは専売局の便所掃除でござります。どうせ身分がちごうけん、考えもちがいましょうたい」 高わらいしながら、そのくせポロポロ涙をこぼしている小野をみると、学生たちも黙ってしまう。それで、そのつぎにくる瞬間をおそれて・・・ 徳永直 「白い道」
・・・「寒くなってから火鉢の掃除する奴があるか。気のきかん者ばかり居る。」と或朝、父の小言が、一家中に響き渡った。 がたんがたんと、戸、障子、欄間の張紙が動く。縁先の植込みに、淋しい風の音が、水でも打ちあけるように、突然聞えて突然に断える・・・ 永井荷風 「狐」
一 小庭を走る落葉の響、障子をゆする風の音。 私は冬の書斎の午過ぎ。幾年か昔に恋人とわかれた秋の野の夕暮を思出すような薄暗い光の窓に、ひとり淋しく火鉢にもたれてツルゲネーフの伝記を読んでいた。 ツルゲネーフはまだ物心もつ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・彼我風土の光景互に相似たるを知るに足る。 わが断腸亭奴僕次第に去り園丁来る事また稀なれば、庭樹徒に繁茂して軒を蔽い苔は階を埋め草は墻を没す。年々鳥雀昆虫の多くなり行くこと気味わるきばかりなり。夕立おそい来る時窓によって眺むれば、日頃は人・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・そうして表の障子を外した閾を越えて往来まで一杯に成って居る。太十も其儘立って覗いて居た。斜に射すランプの光で唄って居る二女の顔が冴えて見える。一段畢ると家の内はがやがやと騒がしく成る。煙草の烟がランプをめぐって薄く拡がる。瞽女は危ふげな手の・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・と云う声がして障子がすうと明くと、露子が温かい春のような顔をして余を迎える。「あなた来ていたのですか」「ええ、お帰りになってから、考えたら何だか様子が変だったから、すぐ車で来て見たの、そうして昨夕の事を、みんな婆やから聞いてよ」と婆・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・西洋には爪を綺麗に掃除したり恰好をよくするという商売があります。近頃日本でも美顔術といって顔の垢を吸出して見たり、クリームを塗抹して見たりいろいろの化粧をしてくれる専門家が出て来ましたが、ああいう商売はおそらく昔はないのでしょう。今日のよう・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫