・・・「子安講をやるんだら、いっそ組合総体が入ってしるべ! あんな裏切もんの指図でしるこたねえだ」「おーさ!」 月の光がガラス戸の外一面に流れ、宵の口は薄ら寒かったが、今はみんな熱心に喋るもんで水が飲みたいぐらいになって来た。××さん・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・おのおの手には帳面を持ち、その行為がよいと批評されれば、人生に於けるあらゆる斯の如き種類の行動の下に、よし、と書き込み、悪いと云われればまた、同じ総体を、一言の下に、恐るべき悪行と断定する。人生の、あらゆる行為の価値は、明に個々の行為者に属・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・ しかしながら、一人の作家としての誠意、努力がどのように正当に高く評価されたとしても、或る文学運動が或る時期にその総体の中に持っていた未熟さというものは、やはり客観的には目に映るものであるし、とりあげられるのが自然であろうと思います。・・・ 宮本百合子 「不必要な誠実論」
・・・ ところでもう一つ、総体的に興味を感じたことは、陳列されている画が一種型にはまらぬ柔軟性を持っていることだ。描き手が若い人々で、ブルジョア美術の伝統によごされてないということが一つの理由。技術の素朴さから・・・ 宮本百合子 「プロレタリア美術展を観る」
・・・ だが、イギリス、フランスでも、数と質において総体的に見れば、婦人作家は男の作家に劣っている。 日本においては勿論そうだ。 同じ、ブルジョア文化発達過程の中でも、婦人の文化は一般的にいって男のもつ水準より低かったこと、日常生活の・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・ 二人は槍の穂先と穂先とが触れ合うほどに相対した。「や、又七郎か」と、弥五兵衛が声をかけた。「おう。かねての広言がある。おぬしが槍の手並みを見に来た」「ようわせた。さあ」 二人は一歩しざって槍を交えた。しばらく戦ったが、槍術・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・家隷は帰って、「しまいの四つだけは聞きましたが、総体の桴数はわかりません」と言った。橋谷をはじめとして、一座の者が微笑んだ。橋谷は「最期によう笑わせてくれた」と言って、家隷に羽織を取らせて切腹した。吉村甚太夫が介錯した。井原は切米三人扶持十・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・かように一面には当時の所謂文壇が、予に実に副わざる名声を与えて、見当違の幸福を強いたと同時に、一面には予が医学を以て相交わる人は、他は小説家だから与に医学を談ずるには足らないと云い、予が官職を以て相対する人は、他は小説家だから重事を托するに・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・右のような時刻には、外気が冷たくなり、蕾の内部の気温との相対的な関係が、昼間と逆になるはずである。何かそういう類の微妙な空気の状態が、蓮の開花と連関しているのかもしれない。その点から考えると、気温の最も低くなる明け方が、最も開花に都合のいい・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・ パウロは山頂の石壇に上り、アクロポリスの諸殿堂と相対して立った。――アテネの市民諸君。諸君の市は神々の像と殿堂とに覆われている。諸君はその神々を祭るために眠りをも忘れて熱中する。けれども諸君はこの神々に真に満足しているか。予は散歩の途・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫