・・・されば位階勲章は、官吏が政府の職を勤むるの労に酬いるに非ずして、ただ普通なる日本人の資格をもって、政府の官職をも勤むるほどの才徳を備え、日本国人の中にて抜群の人物なりとて、その人物を表するの意ならん。官吏の内にても、一等官の如きはもっとも易・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・いながら知るべき名所を問わず、己が生れしその国を天地世界と心得るは、足を備えて歩行せざるが如し。ゆえに地理書を学ばざる者は、跛者に異ならず。第四、数学 指を屈して物の数を計るをはじめとし、天文・測量・地理・航海・器械製造・商・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・それは甘味があってしかも生で食う所がくだものの資格を具えておる。○くだものと気候 気候によりてくだものの種類または発達を異にするのはいうまでもない。日本の本州ばかりでいっても、南方の熱い処には蜜柑やザボンがよく出来て、北方の寒い国では林・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ナニ耳のそばで誰やら話ししかけるようだ、何かいう事ないか、いう事ないでもない 借金の事どうかお頼み申すヨ、それきりか、僕は饅頭が好きだから死んだらなるべく沢山盛って供えてもらいたい、それは承知したが辞世はないか、それサ辞世の歌一首詠もうと思・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ 仏教の精神によるならば慈悲である、如来の慈悲である完全なる智慧を具えたる愛である、仏教の出発点は一切の生物がこのように苦しくこのようにかなしい我等とこれら一切の生物と諸共にこの苦の状態を離れたいと斯う云うのである。その生物とは何である・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・して、この現象は、本年のはじめ頃から日本の文学者の一部の間に特殊な傾向をもって強調されていた作家の社会性の拡大への要求、大人の文学への要求、国民の文学と称せられるものへの要求と根をつらねた文学的性格を具えている点においても、文学上相当の意味・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・ 追腹を切って阿部彌一右衛門は死んでしまったが、そうやって死んでも阿部一族への家中の侮蔑は深まるばかりで、その重圧に鬱屈した当主の権兵衛が先代の一周忌の焼香の席で、髻を我から押し切って、先君の位牌に供え、武士を捨てようとの決心を示した。こ・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 御玉串を供えて、白絹に被われる小さい可愛らしい棺の前にぬかずいた時今までの涙はもう止められない勢を持って流れ落ちた。 様々の思い――悲しみと悔い、心を痛めて起る様々の思いに頭が乱されてクラクラとなった、今にも何か口走りそうであった・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 警察は、殺した小林多喜二の猶生きつづける生命の力を畏れて、通夜に来る人々を片端から杉並警察署へ検束した。供えの花をもって行った私も検束された。「小林多喜二を何だと思って来た!」そう詰問された。「小林は日本に類の少い立派な作家だと思うか・・・ 宮本百合子 「今日の生命」
・・・六十歳の息子のなきがらの前にややしばらく坐っていた八十一歳の曾祖母は、おうん、と嫁である私の祖母をよんで、政恒も可哀そうに、薄茶を一服供えてやれっちゃ、と米沢の言葉で命じた。祖母は思わず一生に一遍の口答えを姑に向って、その位なら、せめて、息・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
出典:青空文庫