・・・ 彼等の先へ、二人連れの男がぶらぶら行くのでなほ子はそう云ったのであったが、少し行くと其方は行き止りであった。「おやおや、怪しい道案内だな。――誰か訊く人はないか――訊いて見よう」「大丈夫よ、じゃあ此方」 一つの共同風呂の窓・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・昼間、太陽が野天に輝やいて、遠くの森が常緑の梢で彼を誘惑する時、雄鳩は白い矢のように勇ましく其方へ翔んだ。けれども夕方が地球の円みを這い上って彼の本能に迫る時、雄鳩は急な淋しさを覚えた。彼は畑や、硝子をキラキラ夕栄えさせる温室の陰やらを気ぜ・・・ 宮本百合子 「白い翼」
・・・夜はソナタと讚美歌のいいのを弾いて見た。七月二十八日 この頃は割合に沢山考えた、事柄に於ては……けれども、自分で満足するように考えの及ぼした事もなければ又自分で少しは実になりそうだと思ったものなんかは一つもありゃしない。それ丈頭・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・の規定のなかに入れられていない筈の世襲の特権・門地・特権地位者を、引出して来て、肝心の主権をそっくり人民の手の中から其方へ握らせているのである。 主権在民ということは、最少限に考えて、人民自身が、行政、司法、立法の全権を有すという意味で・・・ 宮本百合子 「矛盾とその害毒」
・・・勿論、私は其方へ近づいて見ました。すると、大勢の人垣の中には、唯一人の少年がしきりに何か話しています。まだやっと十一か十二位の少年が、手に小さい帳面と鉛筆と、何か印刷したものとを持って、一生懸命に話しているのです。沢山の、思い思いの風をした・・・ 宮本百合子 「私の見た米国の少年」
出典:青空文庫