・・・ この麻利耶観音は、私の手にはいる以前、新潟県のある町の稲見と云う素封家にあったのです。勿論骨董としてあったのではなく、一家の繁栄を祈るべき宗門神としてあったのですが。 その稲見の当主と云うのは、ちょうど私と同期の法学士で、これ・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・不細工な粗放な線が出ているかと思うとまた驚くべく繊巧な神経的な線が現われている。云わば一つの線の交響楽のようなものではあるまいか。快活、憂鬱、謹厳、戯謔さまざまの心持が簡単な線の配合によって一幅の絵の中に自由に現われていると思うのである。・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・オペラは帝国劇場を主管する山本氏の斡旋に依って邦人の前に演奏せられ、仏蘭西近世の美術品と江戸の浮世絵とは素封家松方氏の力によって極東の地に輸送せられた。日本の芸術界は此の二氏の周旋を俟って、未曾て目にしたことのなかった美術の名作を目睹し、ま・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・右の男は田舎の素封家の主人、真中はワイフ、左は職業婦人。この三人の気分がのっていますかね」と語りながらその絵と並んだ自身の写真を撮らせているのである。けれども、私にこの絵は必然性が疑われる絵として眼にのこった。 田舎素封家の漫画的鈍重さ・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・ 松本氏が、急になくなられた許婚の愛人栄子さんと岳父の代人で結婚の盃をあげられた行為は、氏の年齢や学歴やその地方での素封家であるというような条件と対照して、私共の注意を一層呼び起したと思われます。「松本氏の年や地位にてらして何という今の・・・ 宮本百合子 「私も一人の女として」
出典:青空文庫