・・・ 大伯母さんはそりゃあ案じてなさるのに。なんかと云うと、 ええと青っぽい油の浮いた顔を赤くして寝ぼけた様な返事をするのが千世子には堪らなく見っともなかった。 まとまりのない頭の裡を大部分占めて居る其の年頃特有・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・等と叫んだり、自分が蛇になって二人の弟のアダムとイブに、「貴女そりゃあ美味しいのよ、 おあがりなさい。 神様がけちんぼうだから食べるなっておっしゃるのよ。等と云うので母に心配がらせた事も少くはなかった。私があ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・あしたの朝十時位までには帰らなくっちゃあならない事、また二十□(日には大阪まで行くんだからいそがしい、なんかと、おちつかない、それでうれしそうなかおをして云って居た、「もう今私はそりゃあ真面目に勉強して居る」 あの人は、はっきりした口調・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・「待ちねえ。そりゃあまだ煮えていねえ。」 娘はおとなしく箸を持った手を引っ込めて、待っている。 永遠に渇している目には、娘の箸の空しく進んで空しく退いたのを見る程の余裕がない。 暫くすると、男の箸は一切れの肉を自分の口に運ん・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・「そりゃあ人違だ。おいらあ泉州産で、虎蔵と云うものだ。そんな事をした覚はねえ」 文吉が顔を覗き込んだ。「おい。亀。目の下の黒痣まで知っている己がいる。そんなしらを切るな」 男は文吉の顔を見て、草葉が霜に萎れるように、がくりと首を・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・「あら。直ぐにおっこってしまうのね。わたしどうなるかと思って、楽みにして遣って見たのだわ」「そりゃあおっこちるわ」「おっこちるということが前から分っていて」「分っていてよ」「嘘ばっかし」 打つ真似をする。藍染の湯帷子・・・ 森鴎外 「杯」
・・・「ロシアのような国では盛んに遣っているというじゃないか」と、山田が云った。「そりゃあ caviar にする」と、犬塚が厭らしい笑い顔をした。これも局長に聞いた詞であろう。 山田は目をみはっている。 木村は山田の顔を見て、気の・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・「そりゃあ独身生活というものは、大抵の人間には無難にし遂げにくいには違ない。僕の同期生に宮沢という男がいた。その男の卒業して直ぐの任地が新発田だったのだ。御承知のような土地柄だろう。裁判所の近処に、小さい借屋をして、下女を一人使っていた・・・ 森鴎外 「独身」
・・・「あのポラックかい。それじゃあお前はコジンスカアなのだな」「いやだわ。わたしが歌って、コジンスキイが伴奏をするだけだわ」「それだけではあるまい」「そりゃあ、二人きりで旅をするのですもの。まるっきりなしというわけにはいきません・・・ 森鴎外 「普請中」
・・・「そんな法はねえ。そりゃあ卑怯だ。おれはまるで馬鹿にされたようなものだ。銭は手めえが皆取ってしまったじゃないか。もっとやれ。」ツァウォツキイの声は叫ぶようであった。 相手は聴かなかった。雨は降るし、遅くもなっているし、もうどうしても・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫