・・・いつも不機嫌でいかつくそびえている煉瓦塀、埃りでしろくなっている塀ぞいのポプラー――。 みんなよごれて、かわいて、たいくつであった。やがて時計台の下で電気ベルが鳴りだすと、とたんにどの建物からも職工たちがはじけでてくる。守衛はまだ門をひ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・「ウム、忰もつかみ肥料つくり上手になったぞい」 善ニョムさんは感心して、肥料小屋に整然と長方形に盛りあげられた肥料を見た。馬糞と、藁の腐ったのと、人糞を枯らしたのを、ジックリと揉み合して調配したのが、いい加減の臭気となって、善ニョム・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・しかし中洲の河沿いの二階からでも下を見下したなら大概の下り船は反対にこの度は左側なる深川本所の岸に近く動いて行く。それは大川口から真面に日本橋区の岸へと吹き付けて来る風を避けようがためで、されば水死人の屍が風と夕汐とに流れ寄るのはきまって中・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・コールタを流したような真黒な溝の水に沿い、外囲いの間の小径に進入ると、さすがに若葉の下陰青々として苔の色も鮮かに、漂いくる野薔薇の花の香に虻のむらがり鳴く声が耳立って聞える。小径の片側には園内の地を借りて二階建の俗悪な料理屋がある。その生垣・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・ 華表の前の小道を迂回して大川の岸に沿い、乗合汽船発着処のあるあたりから、また道の行くがままに歩いて行くと、六間堀にかかった猿子橋という木造の汚い橋に出る。この橋の上に杖を停めて見ると、亜鉛葺の汚い二階建の人家が、両岸から濁水をさしばさ・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・道は時々低く堤を下って、用水の流に沿い、また農家の垣外を過ぎて旧道に合している。ところどころ桜の若木が植え付けられている。やがて西新井橋に近づくに従って、旧道は再び放水路堤防の道と合し、橋際に至って全くその所在を失ってしまう。 西新井橋・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・道は軌道に沿いながら、林の中の不規則な小径を通った。所々に秋草の花が咲き、赫土の肌が光り、伐られた樹木が横たわっていた。私は空に浮んだ雲を見ながら、この地方の山中に伝説している、古い口碑のことを考えていた。概して文化の程度が低く、原始民族の・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・とやって見た、二度吟じて見るととんでもない句だから、それを見捨てて、再び前の森ぞい小道に立ち戻った。今度は葉隠れをやめて、森の木の影の微風に揺らるる上を踏んで行くという趣向を考えたが、遂に句にならぬので、とうとう森の中の小道へ這入り込んだ。・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・とやったが、余り平凡なのに自ら驚いて、三たび森沿い小道に出て来た。此度は田舎祭の帰りのような心持がした。もぶり鮓の竹皮包みを手拭にてしばりたるがまさに抜け落ちんとするを平気にて提げ、大分酔がまわったという見えで千鳥足おぼつかなく、例の通り木・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・あるいは山を踰え谿に沿いあるいは吹き通しの涼しき酒亭に御馳走を食べたなどと書いてあるのを見ると、いくらか自分も暑さを忘れると同時にまたその羨ましさはいうまでもない。殊にこの紀行を見ると毎日西瓜何銭という記事があるのを見てこの記者の西瓜好きな・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
出典:青空文庫