・・・それはお目に掛けたいほど熱心なる馬鈴薯党でしたがね、学校に居る時分から僕は北海道と聞くと、ぞくぞくするほど惚れていたもんで、清教徒を以て任じていたのだから堪らない!」「大変な清教徒だ!」と松木が又た口を入れたのを、上村は一寸と腮で止めて・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・貧乏になればなるほど、私はぞくぞく、へんに嬉しくて、質屋にも、古本屋にも、遠い思い出の故郷のような懐しさを感じました。お金が本当に何も無くなった時には、自分のありったけの力を、ためす事が出来て、とても張り合いがありました。だって、お金の無い・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ 他のお客は、このあわれなる敗北者の退陣を目送し、ばかな優越感でぞくぞくして来るらしく、「ああ、きょうは食った。おやじ、もっと何か、おいしいものは無いか。たのむ、もう一皿。」と血迷った事まで口走る。酒を飲みに来たのか、ものを食べに来・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・なんだか、ぞくぞく可笑しくて、たまらなくなるのだ。胆が太いせいでは無くて、極度の小心者ゆえ、こんな場合ただちに発狂状態に到達してしまうのであるという解釈のほうが、より正しいようである。「はははは。」と私は空虚な笑声を発した。「恥ずかしく・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・和服の着流しでコンクリートのたたきに蹲っていると、裾のほうから冷気が這いあがって来て、ぞくぞく寒く、やりきれなかった。午前九時近くなって、君たちの汽車が着いた。君は、ひとりで無かった。これは僕の所謂「賢察」も及ばぬところであった。 ざッ・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・ あるいは門前の川が汎濫して道路を浸している時に、ひざまでも没する水の中をわたり歩いていると、水の冷たさが腿から腹にしみ渡って来る、そうしてからだじゅうがぞくぞくして来ると同時にまた例の笑いが突発する。 いずれの場合にも、普通いかな・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・その度々に寒さはぞくぞく襟元へ浸み入る。勝手の方では、いっも居眠りしている下女が、またしても皿小鉢を破したらしい物音がする。炭団はどうやらもう灰になってしまったらしい。先生はこういう時、つくづくこれが先祖代々日本人の送り過越して来た日本の家・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・もう仕方がないとあきらめると、つめたい風が森の中から出て電気燈の光にまじって来るので、首巻を鼻までかけて見たが直に落ちてしまう、寒さは寒し、急に背中がぞくぞくして気分が悪くなったからただうつむいたばかりで首もあげぬ。早く内へ帰れば善いとばか・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ 少し休んで居る内背中がぞくぞくと寒くなって来ていよいよ不愉快だ。まぎらかしに歌でも作ろうと相談して三人がだまって考えこんだが誰も出来ぬ様子だ。池の泥を浚えるので鯉はどこに居るか知らん、と歌に詠もうとしたが出来ぬ。何か材料はないかと見廻・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・私はまるでぞくぞくしました。はぎぼだしがそこにもここにも盛りになって生えているのです。理助は炭俵をおろして尤らしく口をふくらせてふうと息をついてから又言いました。「いいか。はぎぼだしには茶いろのと白いのとあるけれど白いのは硬くて筋が多く・・・ 宮沢賢治 「谷」
出典:青空文庫