・・・例の椀大のブリキ製の杯、というよりか常は汁椀に使用されているやつで、グイグイあおりながら、ある者は月琴を取り出して俗歌の曲を唄いかつ弾き、ある者は四竹でアメリカマーチの調子に浮かれ、ある者は悲壮な声を張り上げてロングサインを歌っている、中に・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・木拾いの歌うような俗歌をそらんじて、おりおり低い声でやっています。 ある日私は一人で城山に登りました、六蔵を連れてと思いましたが、姿が見えなかったのです。 冬ながら九州は暖国ゆえ、天気さえよければごく暖かで、空気は澄んでいるし、山登・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・ばか共は、私を俗化したと言っている。毎日、武蔵野の夕陽は、大きい。ぶるぶる煮えたぎって落ちている。私は、夕陽の見える三畳間にあぐらをかいて、侘しい食事をしながら妻に言った。「僕は、こんな男だから出世も出来ないし、お金持にもならない。けれども・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・世の中には古社寺保存の名目の下に、古社寺の建築を修繕するのではなく、かえってこれを破壊もしくは俗化する山師があるように、邦楽の改良進歩を企てて、かえって邦楽の真生命を殺してしまう熱心家のある事を考え出す。しかし先生はもうそれらをば余儀ない事・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・寧ろ今日の状態では、女性尊重を極度に俗化し、空虚な習俗として全然心ぬきに実行している者と、改めて習慣となったこの風を反省し、それに適当な制限をつけるのを正しいと認めている者との、実際上の対立となっていると思います。 始めは、真心から発し・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫