・・・その簡単な有り様は、太古の移住民族のごとく、また風に漂う浮き草にも似て、今日は、東へ、明日は、南へと、いうふうでありました。信吉はそれを見ると、一種の哀愁を感ずるとともに、「もっとにぎやかな町があるのだろう。いってみたいものだな。」と、思っ・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・笛の音が冴えて、太鼓の音が聞えた。此方の三階から、遠く、溪の川原を越えて彼方の峠の上の村へと歩いて行く御輿の一列が見られた。――赤い日傘――白い旗――黒い人の一列――山間の村でこういう景色を見ることは、さながら印象主義の画を見るような、明る・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・大地から、ぬっと生えた木が、こうした緑色の若芽をふく、このことばかりは太古からの変りのない現象であって、人がそれに見入って、生の喜びを感ずる心持も、また幾百千年経っても、変りがないと思われました。 なんにも其処には理屈がないのです。たゞ・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・ このとき、どこからか、笛と太鼓の音がきこえてきました。それは、村の祭りのときにしかきかなかったものです。山の林に鳴く、もずや、ひよどりでさえ、こんないい声は出し得なかったので、長吉は、ぼんやりと、その音のする方を見ると、山へ登ってゆく・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・事に握って、一六の夜ごとに出る平野町の夜店で、一串二厘のドテ焼という豚のアブラ身の味噌煮きや、一つ五厘の野菜天婦羅を食べたりして、体に油をつけていましたが、私は新参だから夜店へも行かしてもらえず、夜は大戸を閉めおろした中で、手習いでした。お・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・彼は祭りの太鼓の音のように、この音が気に入っていたらしく、彼自身太鼓たたきになったような気になったのか、この音楽的情熱を満足させるために、鼻血が出るまで打ち続けるのであった。 そして、この太鼓打ちの運動で腹の工合が良くなるのか、彼は馬の・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ げんにその日も――丁度その日は生国魂神社の夏祭で、表通りをお渡御が通るらしく、枕太鼓の音や獅子舞の囃子の音が聴え、他所の子は皆一張羅の晴着を着せてもらい、お渡御を見に行ったり、お宮の境内の見世物を見に行ったり、しているのに、自分だけは・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・勢いづいた三味線や太鼓の音が近所から、彼の一人の心に響いて来た。「この空気!」と喬は思い、耳を欹てるのであった。ゾロゾロと履物の音。間を縫って利休が鳴っている。――物音はみな、あるもののために鳴っているように思えた。アイスクリーム屋の声・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ 毎年十月十八日の彼の命日には、私の住居にほど近き池上本門寺の御会式に、数十万の日蓮の信徒たちが万燈をかかげ、太鼓を打って方々から集まってくるのである。 スピリットに憑かれたように、幾千の万燈は軒端を高々と大群衆に揺られて、後か・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 軍隊特有な新しい言葉を覚えた。からさせ、──云わなくても分っているというような意。まんさす、──二年兵ける、しゃしくに。──かっぱらうこと。つる。──いじめること。太鼓演習、──兵卒を二人向いあって立たせ、お互いに両手・・・ 黒島伝治 「入営前後」
出典:青空文庫