・・・どおん、どおん、と春の土の底の底から、まるで十万億土から響いて来るように、幽かな、けれども、おそろしく幅のひろい、まるで地獄の底で大きな大きな太鼓でも打ち鳴らしているような、おどろおどろした物音が、絶え間なく響いて来て、私には、その恐しい物・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
なんにも書くな。なんにも読むな。なんにも思うな。ただ、生きて在れ! 太古のすがた、そのままの蒼空。みんなも、この蒼空にだまされぬがいい。これほど人間に酷薄なすがたがないのだ。おまえは、私に一箇の銅貨を・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・のこっているものは、蒼空の如き太古のすがたとどめたる汚れなき愛情と、――それから、もっとも酷薄にして、もっとも気永なる復讐心。放心について 森羅万象の美に切りまくられ踏みつけられ、舌を焼いたり、胸を焦がしたり、男ひとり、よろ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・たとえば、太古より消える事のなかった高峯の根雪、きらと光って消えかけた一瞬まえの笹の葉の霜、一万年生きた亀の甲、月光の中で一粒ずつ拾い集めた砂金、竜の鱗、生れて一度も日光に当った事のないどぶ鼠の眼玉、ほととぎすの吐出した水銀、蛍の尻の真珠、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 山の南側は、太古の大地変の痕跡を示して、山骨を露出し、急峻な姿をしているのであるが、大垣から見れば、それほど突兀たる姿をしていないだろうという事は、たとえば陸地測量部の五万分一の地形図を見ても、判断する事ができる。大垣停車場から、伊吹・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・遠くから聞こえて来る太鼓の音に聞き耳をたてるヒロインの姿から、一隊の兵士の行進している長い市街のヴィスタが呼び出され描き出される。霧の甲板にひびく汽笛の音とその反響によってある港の夜の空間が忽然として観客の頭の中に広がるのである。 音が・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・熱帯の白日に照らされた道路のはるか向こうから兵隊のラッパと太鼓が聞こえて来る。アラビア人の馬方が道のまん中に突っ立った驢馬をひき寄せようとするがなかなかいこじに言うことを聞かない。馬方はとうとう自分ですべって引っくりかえって白いほこりがぱっ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そうして自由に放恣な太古のままの秋草の荒野の代わりに、一々土地台帳の区画に縛られた水稲、黍、甘藷、桑などの田畑が、単調で眠たい田園行進曲のメロディーを奏しながら、客車の窓前を走って行くのである。何々イズムと名のついたおおかたの単調な思想のメ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・たとえば太古では世界は地、水、火、風の四からなりたっていると考えたが、その後化学的元素というものが確定され、漸次に新元素が発見され今は八十余の元素がいろいろ組合わされてあらゆる物質を構成していると考うるようになった、つい近頃までは元素は永久・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・ かくのごとき困難は天然現象の場合に最も著しかるべし。試みに先ず天気予報の場合を考えん。 太古の時代より天気予報の試みは行われたれども、分析的科学の発達せざりし時代には、天気を限定すと考えられし条件、あるいは独立変数が極めて乱雑なる・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
出典:青空文庫