・・・黙然として、対坐していた圭さんと碌さんは顔を見合わして、にやりと笑った。 かあんかあんと鉄を打つ音が静かな村へ響き渡る。癇走った上に何だか心細い。「まだ馬の沓を打ってる。何だか寒いね、君」と圭さんは白い浴衣の下で堅くなる。碌さんも同・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・こうした長尻の客との対坐は、僕にとってまさしく拷問の呵責である。 しかし僕の孤独癖は、最近になってよほど明るく変化して来た。第一に身体が昔より丈夫になり、神経が少し図太く鈍って来た。青年時代に、僕をひどく苦しめた病的感覚や強迫観念が、年・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ 或日こう云う対坐の時、花房が云った。「お父うさん。わたくしも大分理窟だけは覚えました。少しお手伝をしましょうか」「そうじゃろう。理窟はわしよりはえらいに違いない。むずかしい病人があったら、見て貰おう」 この話をしてから、花・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・私は炭団の活けてある小火鉢を挟んで、君と対座した。 この時すぐに目を射たのは、机の向側に夷麦酒の空箱が竪に据えて本箱にしてあることであった。しかもその箱の半以上を、茶褐色の背革の大きい本三冊が占めていて、跡は小さい本と雑記帳とで填まって・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・暇さえあると古い彫刻と対坐していつまでもいつまでもじっとしている。 一八七九年、ようやく二十を越したばかりのデュウゼは旅役者の仲間に加わってナポリへ行き、初めてテレエゼの役をつとめたが、二三日たつと彼女の名はすでに全イタリーに広まってい・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・ 初めて漱石と対坐しても、私はそう窮屈には感じなかったように思う。応対は非常に柔らかで、気おきなく話せるように仕向けられた。秋の日は暮れが早いので、やがて辞し去ろうとすると、「まあ飯を食ってゆっくりしていたまえ、その内いつもの連中がやっ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・碁盤を挟んで対坐しているのは、この寺の住持と、麓の村の地主とであって、いずれもまだ還暦にはならない。時は真夏の午後、三、四時ごろである。二人は何も言わない。ただ時々、パチッパチッと石を置く音がする。 わたくしにはこの寺がどこであるか解ら・・・ 和辻哲郎 「松風の音」
出典:青空文庫