・・・明治初頭十年十五年間の社会事情を真面目に観察すれば、日本の開化期文化・文学の複雑な胎生を見逃すことは出来ない。旧時代の文学的伝統は仮名垣魯文その他の戯作者の生きかたに伝え嗣がれており、維新と開化とに対して、江戸っ子であり旧時代の文化の代表で・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・そして、評論の面では、誤った文学の政論化功用論への対症として、文学の本質に再び一般の理解を据え直し、云わば文学とはどういうものかということについて語り直されることが必要であるという努力の方向がみられる。 これまでとはちがう意味での文学的・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・ 自由党が禁圧せられ、国会開設が決定され、今日殆ど総ての作家によって理解されている日本の資本主義の特徴ある性質が組織化されてはっきり正面に押し出されて来ると同時に、文筆、言論の文化的分野には、この胎生期の奔放、自由が失われた。今日ごく手・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・大正二年一月 森鴎外 「阿部一族」
・・・殿は今日の総大将じゃ。それがしがお先をいたします」 徳右衛門は戸をがらりとあけて飛び込んだ。待ち構えていた市太夫の槍に、徳右衛門は右の目をつかれてよろよろと数馬に倒れかかった。「邪魔じゃ」数馬は徳右衛門を押し退けて進んだ。市太夫、五・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 大正元年九月十八日 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・尊敬はどの種類の人にもあるが、単に同じ対象を尊敬する場合を顧慮して言ってみると、道を求める人なら遅れているものが進んでいるものを尊敬することになり、ここに言う中間人物なら、自分のわからぬもの、会得することの出来ぬものを尊敬することになる。そ・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・文政五年は午であるので、俗習に循って、それから七つ目の子を以てわたくしの如きものが敢て文を作れば、その選ぶ所の対象の何たるを問わず、また努て論評に渉ることを避くるに拘らず、僭越は免れざる所である。 ―――――――――・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・原文とイギリス訳とを対照せられたのは決して、徒労ではなかった。五 私は自分の訳本ファウストについて、一度心の花に書いたことがある。その中に正誤表を作った事や、象嵌で版型を改めた事を言った。然るにその正誤表がまだ世間に行き渡っ・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・の一言で聞き捨て、見捨て、さて陣鉦や太鼓に急き立てられて修羅の街へ出かければ、山奥の青苔が褥となッたり、河岸の小砂利が襖となッたり、その内に……敵が……そら、太鼓が……右左に大将の下知が……そこで命がなくなッて、跡は野原でこのありさまだ。死・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫