・・・ 気候の変化が人間の生理にも若干の影響があるかもしれないとすると、それが胎児の特異性に多少の効果を印銘することが全然ないとも限らないし、そうなると生まれ年の干支とその人の特性とが、少なくもある期間については多少の相関を示す場合がないとも・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・北山の法経堂に現れる怪火の話とか、荒倉山の狸が三つ目入道に化けたのを武士が退治した話とか、「しばてん」と相撲を取る話。「えんこう」(河童を釣る話とかいう種類のものが多かった。一例として「えんこう」の話をとると、夕涼みに江ノ口川の橋の欄干に腰・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・小栗判官、頼光の大江山鬼退治、阿波の鳴戸、三荘太夫の鋸引き、そういったようなものの陰惨にグロテスクな映画がおびえた空想の闇に浮き上がり、しゃがれ声をふりしぼるからくり師の歌がカンテラのすすとともに乱れ合っていたころの話である。そうして東京み・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・また大江山の酒顛童子の話とよく似た話がシナにもあるそうであるが、またこの話はユリシースのサイクロップス退治の話とよほど似たところがある。のみならずこのシュテンドウシがアラビアから来たマレイ語で「恐ろしき悪魔」という意味の言葉に似てお・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・その昔、独断と畏怖とが対峙していた間は今日の「科学」は存在しなかった。「自然」を実験室内に捕えきたってあらゆる稚拙な「試み」を「実験」の試練にかけて篩い分けるという事、その判断の標準に「数値」を用いるという事によって、はじめて今日の科学が曙・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・九代目X十郎と十一代目X十郎との勧進帳を聞く事も可能であり、同じY五郎の、若い時と晩年との二役を対峙させることも不可能ではなくなる。 もしまた、いろいろな自然の雑音を忠実に記録し放送することができる日が来れば、ほんとうに芸術的な音的モン・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
・・・またある時はのらねこを退治するのだと言って、槍かあるいは槍といっしょに長押にかかっていた袖がらみのようなものかを持ち出して意気込んでいたが、ねこの鳴き声を聞くと同時にそれを投げ出して座敷にかけ上がったというような逸話もあった。 三人の兄・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・乳母も共々、私に向って、狐つき、狐の祟り、狐の人を化す事、伝通院裏の沢蔵稲荷の霊験なぞ、こまごまと話して聞かせるので、私は其頃よく人の云うこっくり様の占いなぞ思合せて、半ばは田崎の勇に組して、一緒に狐退治に行きたいようにも思い、半ばは世にそ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・劃時代的な二つの階級間の闘争が、全市から全日本の相互の階級を総動員して相対峙していたのだ。それは国際階級戦の一つの見本であった。「連れて行ってくれる! ね、父ちゃん。坊やを連れて行って呉れるの。公園に行こうね。お猿さんを見に行こうね。ね・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・気の毒なる者なり、憐む可き者なり、吾々米国婦人は片時も斯る境遇に安んずるを得ず、死を決しても争わざるを得ず、否な日米、国を殊にするも、女性は則ち同胞姉妹なり、吾々は日本姉妹の為めに此怪事を打破して悪魔退治の法を謀る可しとて、切歯慷慨、涙を払・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫