・・・ カルネラは昔の力士の大砲を思い出させるような偉大な体躯となんとなく鈍重な表情の持ち主であり、ベーアはこれに比べると小さいが、鋼鉄のような弾性と剛性を備えた肉体全体に精悍で隼のような気魄のひらめきが見える。どこか昔日の力士逆鉾を思い出さ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・薄暮の縁側の端居に、たまたま眼前を過ぎる一匹の蚊が、大空を快翔する大鵬と誤認されると同様な錯覚がはたらくのである。 いっそうおもしろいのは時間の逆行による世界像の反転である。いわゆるカットバックの技巧で過去のシーンを現在に引きもどすこと・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・たとえば勢力不滅の方則が設定されるまでに、この問題に関して行なわれた実験的研究の数はおびただしいものであろう。たとえば大砲の砲腔をくり抜くときに熱を生ずることから熱と器械的のエネルギーとの関係が疑われてから以来、初めはフラスコの水を根気よく・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 星の世界の住民が大砲弾に乗込んで地球に進入し、ロンドン附近で散々に暴れ廻り、今にも地球が焦土となるかと思っていると、どうしたことか急にぱったりと活動を停止する。変だと思ってよく調べてみると、星の世界には悪い黴菌がいないために黴菌に対す・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・軍国の兵力の強さもある意味ではどれだけ多くの火薬やガソリンや石炭や重油の煙を作り得るかという点に関係するように思われる。大砲の煙などは煙のうちでもずいぶん高価な煙であろうと思うが、しかし国防のためなら止むを得ないラキジュリーであろう。ただ平・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ ヘルムホルツは薄暮に眼前を横ぎった羽虫を見て遠くの空をかける大鵬と思い誤ったという経験をしるしており、また幼時遠方の寺院の塔の回廊に働いている職人を見たときに、あの人形を取ってくれと言っておかあさんにせがんだことがあると言っている。・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・とちょうど雷鳴の反響のような余韻が二三秒ぐらい続き次第に減衰しながら南の山すそのほうに消えて行った。大砲の音やガス容器の爆発の音などとは全くちがった種類の音で、しいて似よった音をさがせば、「はっぱ」すなわちダイナマイトで岩山を破砕する音がそ・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・墓地本道の左右に繁茂していた古松老杉も今は大方枯死し、桜樹も亦古人の詩賦中に見るが如きものは既に大抵烏有となったようである。根津権現の花も今はどうなったであろうか。 根津権現の社頭には慶応四年より明治二十一年まで凡二十一年間遊女屋の在っ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・「こいつあ旨え、しかし狸が作蔵の褌をとって何にするだろう」「大方睾丸でもつつむ気だろう」 アハハハハと皆一度に笑う。余も吹き出しそうになったので職人はちょっと髪剃を顔からはずす。「面白え、あとを読みねえ」と源さん大に乗気にな・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・必ず相当の論拠があり、研究もあって、露西亜の兵隊が何万満洲へ繰出すうちには、日本ではこれだけ繰出せるとか、あるいは大砲は何門あるとか、兵糧はどのくらいあるとか、軍資はどのくらいであるとかたいていの見込は立てたものでありましょう。見込が立たな・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫