・・・ 我慢づよい兄の口からそう言われると、道太は自分の怠慢が心に責められて、そう遠いところでもないのに、なぜもっと精を出して毎日足を運ばないのかと、みずから慚じるのであった。それにもかかわらず、少し勉強しすぎた道太は、この月こそ、旅で頭脳の・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・農作の飢饉にあえば、これを救うの術を施し、一時、商況の不景気を見れば、その回復の法をはかり、敵国外患の警を聞けばただちに兵を足し、事、平和に帰すれば、また財政を脩むる等、左顧右視、臨機応変、一日片時も怠慢に附すべからず、一小事件も容易に看過・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・そして、この不幸は母親ばかりの責任ではなく、我もろとも十分に知りつくしている昨今の東京の交通地獄の凄じさに対して、熱意ある解決をしない運輸省の怠慢について、注意を喚起した。 世間の輿論は、不幸な母親由紀子さんに同情を示し、結局、東京検事・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・あながち私の怠慢とのみ申せぬ点もあったのです。あしからずお察し下さい。 一昨日の早慶戦では、住んでいるところが外苑から近いので、夕方五時すぎ用があって外出したら、後から後からひどい群集で、電車にものれず、暫く往来でこの人出を見物しており・・・ 宮本百合子 「現実の問題」
・・・若い世代は、その人々の怠慢によって知らなかったのではなく、暴力によって現実から遮断され、学ぶことを奪われていた一時期をもっている。人生について、社会の歴史の動きについて知らされなかった時期は、文学についてもまた知らされなかった多くのことのあ・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・こういう社会的真実にたいする追求の怠慢は、知性そのものの不純潔性である。 私自身の生活の経験を考えてみて、身辺のたれそれの生活を考えてみて、ハウスキーパーの「制度」などは決してなかった。ハウスキーパーという名のもとに女性を全く非人間的に・・・ 宮本百合子 「社会生活の純潔性」
・・・女性全体が、ぐったり無気力で怠慢であったのだろうか。表現すべき何の意欲も感じていなかったのだろうか。社会の気分が女の書いた本なんかに目もくれなかったというわけだったのだろうか。 最近の二三年を眺めると、この点ではびっくりするほどの変化が・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
・・・巨大なバラック建ての廊下や大きい病室には、ありとあらゆる欠乏、怠慢、混乱、悲惨が充ち満ちていた。建物の真下を走っている大下水から汚物の悪臭がのぼって来る。その床はぼろぼろで洗えもしない。壁には塵埃が厚くこびりついて寝台は四マイルもぎっしりつ・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・しかも現実は容赦ないから、その生活的思意の無方向のまま矢張り我々は歴史の因子として厳然と存在しつづけ、そのような怠慢で自分が存在したことの報復は極めて複雑な社会全般の事情の推移そのものから蒙って生きて行かなければならない関係におかれているの・・・ 宮本百合子 「文学のディフォーメイションに就て」
・・・或る種の人々はこれまでの作家の怠慢さにその原因を帰するけれども、果してそれだけのことであろうか。社会性は益々濃厚に各方面から各人の上に輻輳して来ているのだから、作家がそれを感じない筈もない。文学の成長のための新しい土としてルポルタージュが待・・・ 宮本百合子 「文学の流れ」
出典:青空文庫