・・・ こうしてボナパルトの知られざる夜はいつも長く明けていった。その翌日になると、彼の政務の執行力は、論理のままに異常な果断を猛々しく現すのが常であった。それは丁度、彼の猛烈な活力が昨夜の頑癬に復讐しているかのようであった。 そうして、・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ 今頃お前、夕飯前でこれから焚くとこやがな。」「ちょびっとでも好えがな。」「じゃ見て来てやるわ。」 お霜は台所へ這入った。勘次は表へ出て北の方を眺めてみたが、秋三の姿は竹藪の向うに消えていた。彼は又秋三とひと争いをしなければなら・・・ 横光利一 「南北」
・・・「その火は、いつまで焚くんです?」と彼は訊いた。「これだけだ。」と若者はいいながら火のついた麦藁を鎌で示した。「その火は焚かなくちゃ、いけないものですか。」 若者は黙って一握りの青草に刃をあてた。「僕の家内は、この煙りの・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・随分長く起きています。」こんな問答をしているうちに、エルリングは時計を見上げた。「御免なさい。丁度夜なかです。わたしはこれから海水浴を遣るのです。」 己は主人と一しょに立ち上がった。そして出口の方へ行こうとして、ふと壁を見ると、今まで気・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・り握りながら、テカテカする梯子段を登り、長いお廊下を通って、漸く奥様のお寝間へ行着ましたが、どこからともなく、ホンノリと来る香は薫り床しく、わざと細めてある行燈の火影幽かに、室は薄暗がりでしたが、炉に焚く火が、僅か燃残って、思い掛けぬ時分に・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・どれほど長くこの光景に見とれていたかということも、はっきりとは覚えていない。が、やがてわれわれは、船頭のすすめるままに、また舟を進ませた。蓮の花の世界の中のいろいろな群落を訪ね回ったのである。そうしてそこでもまたわれわれは思いがけぬ光景に出・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫