・・・』 主人は不審そうに客のようすを今さらのようにながめて、何か言いたげな口つきをした。客はすぐ気が付いた。『いや僕は東京だが、今日東京から来たのじゃアない、今日は晩くなって川崎を出発て来たからこんなに暮れてしまったのさ、ちょっと湯をお・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・彼等は、物訊ねたげに、傍にいる者の眼を見た。 将校は、叱咤した。 穴の底で半殺しにされた蛇のように手足をばた/\動かしている老人の上へ、土がなだれ落ちて行きだした。「たすけ……」老人は、あがき唸った。 土は、老人の憐憫を求め・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ということを言いたげに呉は、安楽椅子に、ポンと落ちこんでチューインガムをしがんでいる深沢をチラと見て、にたにたと笑った。「そうだ。何もしない者、何も知らないそうだ」 田川は唸く声の間から、とぎれとぎれに繰りかえした。弾丸のあたった腰・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・とでも言いたげなこの客に対したばかりでも、私の頭は下ってしまった。とても私には長くこの客を眺めては居られなかった。その私が自分の側へ来たものの顔をよく見て居るうちに、今迄思いもよらなかったような優しい微笑をすら見つけた。私は以前に「冬」に言・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・毎月働いても十八円の給金にしかならないと言いたげなこの婆やは、見ず知らずの若者が私のところから持って行く一円、二円の金を見のがさなかった。 そういう私たちの家では、明日の米もないような日がこれまでなかったというまでで、そう余裕のある生活・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・「昨日来なんしたげなの。わしゃちょうど馬を換えに行っとりましての」と、手を休めて、「乗りなんせい。今度のもおとなしゅうがんすわいの」と言ったかと思うと、またすぐに歌になる。「親が二十で子が二十一。どこで算用が違たやら」「よう・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・訪問客のひとりが活動写真の撮影所につとめることになりそれがそのひとの自慢らしく、誰かにその仕事振りを見てもらいたげなのであるが、ほかの訪問客たちは鼻で笑って相手にせぬので、男爵は気の毒に思い、ぜひ私に見せて下さい、と頼んでしまった。男爵は、・・・ 太宰治 「花燭」
・・・いたのでしょう、など傍の者の、はらはらするような、それでいて至極もっともの、昨夜、寝てから、暗闇の中、じっと息をころして考えに考え抜いた揚句の果の質問らしく、誠実あふれ、いかにもして解き聞かせてもらいたげの態度なれば、先輩も面くらい、そこの・・・ 太宰治 「喝采」
・・・曇天の下の池の面は白く光り、小波の皺をくすぐったげに畳んでいた。右足を左足のうえに軽くのせてから、われは呟く。 ――われは盗賊。 まえの小径を大学生たちが一列に並んで通る。ひきもきらず、ぞろぞろと流れるように通るのである。いずれは、・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 兄さんはそう言って屈託なく笑って帰りましたけれど、私は勝手口に立ったままぼんやり見送り、それからお部屋へ引返して、母の物問いたげな顔にも気づかぬふりして、静かに坐り、縫いかけの袖を二針三針すすめました。また、そっと立って、廊下へ出て小・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
出典:青空文庫