・・・渠は立ち留まりて、しばらくして、たじたじとあとに退りぬ。巡査はこのところを避けんとせしなり。されども渠は退かざりき。造次の間八田巡査は、木像のごとく突っ立ちぬ。さらに冷然として一定の足並みをもて粛々と歩み出だせり。ああ、恋は命なり。間接にわ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・乙は不意をくらってたじたじとなって雪の中に倒れてしまいました。「僕はなんにもしないじゃないか。」と、乙は雪の中に倒れながら、うらめしそうに太郎の顔を見上げていいました。太郎はじっと雪の中に倒れて自分を見上げている乙を見下ろしながら、・・・ 小川未明 「雪の国と太郎」
・・・驚きてたじたじと下る主人を、死は徐まあ、何という気味の悪い事だろう。お前の絃の音はあれほど優しゅう聞えたのに、お前の姿を見ると、体中が縮み上るような心持がするのはどうしたものだ。それに何だか咽が締るようで、髪の毛が一本一本上に向いて立つよう・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ファゼーロはたじたじ後退りしました。給仕がそばからレッテルのない大きな瓶からいままでみんなの呑んでいた酒を注ごうとしました。わたくしはそこで云いました。「いや、わたしたちはね、酒は呑まないんだから炭酸水でもおくれ。」「炭酸水はありま・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ この考えは、何事をもたじたじにさせた。 只どうしようと云うばかりに国許へは一度も知らせてやらなかったし、弟に来てくれとも云ってやらなかった。 それが、どう云うわけと云うではなく、只、どうしていいか見当のつかない様な心から起った・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・党員たちの闘争力と大衆の力で、形ばかりの公開公判をやっていてもブルジョア政府は、たじたじの姿を見せたくないから、公判廷の小さいこと! きっと大勢押しよせれば入れ切れないというのを口実につかうでしょう。 私は、始めのこわいものみたさのよう・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
出典:青空文庫