・・・が、一度句作に遠ざかった祟りには忽ち苦吟に陥ってしまう。どうも蛇笏君などから鞭撻を感じた往年の感激は返らないらしい。所詮下手は下手なりに句作そのものを楽しむより外に安住する所はないと見える。おらが家の花も咲いたる番茶かな 先輩たる蛇・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・こういう辱しめを受けた上は必ず祟りをせずにはおかぬぞ。……」 古千屋はつづけさまに叫びながら、その度に空中へ踊り上ろうとした。それはまた左右の男女たちの力もほとんど抑えることの出来ないものだった。凄じい古千屋の叫び声はもちろん、彼等の彼・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・六年の間苦行した所以は勿論王城の生活の豪奢を極めていた祟りであろう。その証拠にはナザレの大工の子は、四十日の断食しかしなかったようである。 又 悉達多は車匿に馬轡を執らせ、潜かに王城を後ろにした。が、彼の思弁癖は屡彼をメ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・嗔恚の祟りはそこにもある。あの時おれが怒りさえせねば、俊寛は都へ帰りたさに、狂いまわったなぞと云う事も、口の端へ上らずにすんだかも知れぬ。」と、仕方がなさそうにおっしゃるのです。「しかしその後は格別に、御歎きなさる事はなかったのですか?・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・が、鎌倉行きの祟りはそればかりではない。風邪がすっかり癒った後でも、赤帽と云う言葉を聞くと、千枝子はその日中ふさぎこんで、口さえ碌に利かなかったものだ。そう云えば一度なぞは、どこかの回漕店の看板に、赤帽の画があるのを見たものだから、あいつは・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・北も南も吹荒んで、戸障子を煽つ、柱を揺ぶる、屋根を鳴らす、物干棹を刎飛ばす――荒磯や、奥山家、都会離れた国々では、もっとも熊を射た、鯨を突いた、祟りの吹雪に戸を鎖して、冬籠る頃ながら――東京もまた砂埃の戦を避けて、家ごとに穴籠りする思い。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ あの、饂飩の祟りである。鶫を過食したためでは断じてない。二ぜん分を籠みにした生がえりのうどん粉の中毒らない法はない。お腹を圧えて、饂飩を思うと、思う下からチクチクと筋が動いて痛み出す。――もっとも、戸外は日当りに針が飛んでいようが、少・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・糸塚さ、女様、素で括ったお祟りだ、これ、敷松葉の数寄屋の庭の牡丹に雪囲いをすると思えさ。」「よし、おれが行く。」 と、冬の麦稈帽が出ようとする。「ああ、ちょっと。」 袖を開いて、お米が留めて、「そのまま、その上からお結え・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・スバーは、極く小さい子供の時から、神が何かの祟りのように自分を父の家にお遣しになったのを知っていたのでなみの人々から遠慮し、一人だけ離れて暮して行こうとしました。若し皆が、彼女のことをすっかり忘れ切って仕舞っても、スバーは、ちっとも其を辛い・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・あんまり人間をとって食べるので、或る勇士がついに之を退治して、あとの祟りの無いように早速、大明神として祀り込めてうまい具合におさめたという事が、その作陽誌という書物に詳しく書かれているのでございます。いまは、ささやかなお宮ですが、その昔は非・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫