・・・ 小学校の費用は、はじめ、これを建つるとき、その半を官よりたすけ、半は市中の富豪より出だして、家を建て書籍を買い、残金は人に貸して利足を取り、永く学校の資となす。また、区内の戸毎に命じて、半年に金一歩を出ださしめ、貸金の利足に合して永続・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・ この官員なり、また学者なり、永遠無窮、人民と交際を絶つの覚悟ならばすなわち可ならんといえども、いやしくも上流の知見を下流に及さんとするには、その入門の路をやすくして、帳合にも日本の縦の文字を用い、法を西洋にして体裁を日本にせんこと、一・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・即ちその身の弱点にして、小児の一言、寸鉄腸を断つものなり。既にこの弱点あれば常にこれを防禦するの工風なかるべからず。その策如何というに、朝夕主人の言行を厳重正格にして、家人を視ること他人の如くし、妻妾児孫をして己れに事うること奴隷の主君にお・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・この卑下、正直、芸術尊敬の三つのエレメントが抱和した結果はどうかと云うに、まあ、こんな事を考える様になったんだ――将来は知らず、当時の自分が文壇に立つなどは僭越至極、芸術を辱しむる所以である。正直の理想にも叶って居らん……と思うものの、また・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・と云う電信をお発し下さいましたら、わたくしはすぐにパリイへ立つことにいたしましょう。済みませんが、も一つお願いがございます。御親切ついでに、どうぞあなたの方からお尋なすって下さいまし。あなたのお住いへ伺うことは憚りますのですから。わたくしは・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・そして今まで燃えた事のある甘い焔が悉く再生して凝り固った上皮を解かしてしまって燃え立つようだ。この良心の基礎から響くような子供らしく意味深げな調を聞けば、今まで己の項を押屈めていた古臭い錯雑した智識の重荷が卸されてしまうような。そして遠い遠・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・と詠み、雪の頃旅立つ人を送りては、「用心してなだれに逢ふな」と詠めり。楽みては「楽し」と詠み、腹立てては「腹立たし」と詠み、鳥啼けば「鳥啼く」と詠み、螽飛べば「螽飛ぶ」と詠む。これ尋常のことのごとくなれど曙覧以外の歌人には全くなきことなり。・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・華族が一人死ぬると長屋の十軒も建つほどの地面を塞げて、甚だけしからん、といって独り議論したッて始まらないや。ドレ一寝入しようか。………………アア淋しい淋しい。この頃は忌日が来ようが盂蘭盆が来ようが誰一人来る者もない。最も此処へ来てから足かけ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ぼくはみんなが修学旅行へ発つ間休みだといって学校は欠席しようと思ったのだ。すると父がまたしばらくだまっていたがとにかくもいちど相談するからと云ってあとはいろいろ稲の種類のことだのふだんきかないようなことまでぼくにきいた。ぼくはけれども気持ち・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ みんな急いで着物をぬいで淵の岸に立つと、佐太郎が一郎の顔を見ながら言いました。「ちゃんと一列にならべ。いいか、魚浮いて来たら泳いで行ってとれ。とったくらい与るぞ。いいか。」 小さなこどもらはよろこんで、顔を赤くして押しあったり・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
出典:青空文庫