・・・ソヴェト同盟ではどしどし新しい労働者住宅が建つ、家賃が年々下る。自分の区にも、便利な住宅がいる。 それらの仕事を実行するのはソヴェトです。勤労婦人が、熱心にソヴェト選挙に参加し、投票もすれば、自分が選挙されたとき全責任をもって働くわけも・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の婦人と選挙」
・・・この小説が当時の知識人に与えた衝撃は深刻且つ人生的なもので、己を知るに賢明であった逍遙が人及び芸術家としての自分を省み、遂に生涯小説の筆を絶つ決心をかためるに到ったのも、逍遙自ら率直に語っている通り「浮雲」における作者の人間探究の態度の真実・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・あらかた建つだけの家が建ち、信託会社も請負師も住宅地から手を引いた。後に石川だけ遺った。先の親方時代からの縁故で、大工、植木などの職人は勿論、井戸替、溝掃除、細々した人夫の需要も石川一手に注文が集った。纏った建築が年に幾つかある合間を、暇す・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・大きな裁板の前でエーゴルが裁つ。私が縫う。これにエーゴルが仕上をして顧客へ届ける。少しずつお金をためる。飾窓へやっと一つ着付人形を買う――あの時分の楽しかったこと……その時分からエーゴルはマンドリンが上手くてね、町で評判だった。自分が弾いて・・・ 宮本百合子 「街」
市が立つ日であった。近在近郷の百姓は四方からゴーデルヴィルの町へと集まって来た。一歩ごとに体躯を前に傾けて男はのそのそと歩む、その長い脚はかねての遅鈍な、骨の折れる百姓仕事のためにねじれて形をなしていない。それは鋤に寄りかかる癖がある・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・情調は situation の上に成り立つ。しかし indfinissable なものである。木村の関係している雑誌に出ている作品には、どれにも情調がない。木村自己のものにも情調がないようである。」 約めて言えばこれだけである。そして反・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 果して安国寺さんは私との交際を絶つに忍びないので、自分の住職をしていた寺を人に譲って、飄然と小倉を去った。そして東京で私の住まう団子坂上の家の向いに来て下宿した。素と私の家の向いは崖で、根津へ続く低地に接しているので、その崖の上には世・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・その紐を引くと、頭の上で蝋燭を立てたように羽が立つ。それを見ては誰だって笑わずにはいられない。この男にこの場所で小さい女中は心安くなって、半日一しょに暮らした。さて午後十一時になっても主人の家には帰らないで、とうとう町なかの公園で夜を明かし・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・むくつけい暴男で……戦争を経つろう疵を負うて……」「聞くも忌まわしい。この最中に何とて人に逢う暇が……」 一たびは言い放して見たが、思い直せば夫や聟の身の上も気にかかるのでふたたび言葉を更めて、「さばれ、否、呼び入れよ。すこしく・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・そしたら明日どこぞへ小屋建てよう、清溝の柿の木の横へでも、藁でちょっと建てりゃわけやないわして、半日で建つがな。」「それでもお前、十五六円やそこらかかろがな?」「その位はそりゃかかるわさ。そやけど瓦のかけらでもあろまいし、藁ばっかし・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫