・・・それは譬えて云わば、無限に向かって進んで行く光の「強度」のようなものではあるまいか。無限の空間に運動している物の「運動量」のようなものではあるまいか。 こういう立場から見た時にセザンヌやゴーホの価値が私には始めて明らかになると同時に、支・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・道の中央が高く、家に接した両側が低くなっていた事から、馬の背に譬えたので。歩き馴れぬものはきまって足駄の横鼻緒を切ってしまった。維新前は五千石を領した旗本大久保豊後守の屋敷があった処で、六間堀に面した東裏には明治の末頃にも崩れかかった武家長・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・一旦嬌名ヲ都門ニ馳セシムルヤ気ヲ負フテ自ラ快トナシ縦令悲運ノ境ニ沈淪スルコトアルモ自ラ慚ヂテ待合ノ女中牛肉屋ノ姐サントナリ俗客ノ纏頭ニ依ツテ活ヲ窃ムガ如キモノハ殆一人モ有ルコトナカリキ。今ヤ人心ハ上下雅俗ノ別ナク僅ニ十年ニシテ全ク一変セリ。・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・繕も試み候えども寸毫も利目無之夫より篤と熟考の末家の真上に二十尺四方の部屋を建築致す事に取極め申候是は壁を二重に致し光線は天井より取り風通しは一種の工夫をもって差支なき様致す仕掛に候えば出来上り候上は仮令天下の鶏共一時に鬨の声を揚げ候とも閉・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ず、一般社会の集合意識にも、それからまた一日一月もしくは一年乃至十年の間の意識にも応用の利く解剖で、その特色は多人数になったって、長時間に亘ったって、いっこう変りはない事と私は信じているのであります。例えて見ればあなた方という多人数の団体が・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・これは科学にあっても哲学にあっても必要の事であり、また便宜な事で誰しもそれに異存のあるはずはございません。例えば進化論とか、勢力保存とか云うとその言葉自身が必要であるばかりでなく、実際の事実の上において役に立っています。けれども悪くすると前・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・気高いということは富士山や御釈迦様や仙人などを描いて、それで気高いという訳じゃない。仮令馬を描いても気高い。猫をかいたら――なお気高い。草木禽獣、どんな小さな物を描いても、どんなインシグニフィカントな物を描いても、気高いものはいくらもありま・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・優れたフランスの思想家の書いたものには、ショペンハウエルが深くて明徹なスウィスの湖水に喩えたようなものが感ぜられる。私はアンリ・ポアンカレのものなどにそういうものを感ずるのである。 我国では明治の初年は如何にあったか知らないが、大体・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
一本腕は橋の下に来て、まず体に一面に食っ附いた雪を振り落した。川の岸が、涜されたことのない処女の純潔に譬えてもいいように、真っ白くなっているので、橋の穹窿の下は一層暗く見えた。しかしほどなく目が闇に馴れた。数日前から夜ごと・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・之を威嚇し之を制止せんとす。之を喩えば青天白日、人に物を盗まれて、証拠既に充分なるに、盗賊を捕えて詮議せんとすれば則ち貪慾の二字を持出し、貪慾の心は努ゆめゆめ発す可らず、物を盗む人あらば言語を雅にして之を止む可し、怒り怨む可らず、尚お其盗人・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫