・・・さて今回本紙に左の題材にて貴下の御寄稿をお願い致したく御多忙中恐縮ながら左記条項お含みの上何卒御承引のほどお願い申上げます。一、締切は十二月十五日。一、分量は、四百字詰原稿十枚。一、題材は、春の幽霊について、コント。寸志、一枚八円にて何卒。・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私は、そんなに多忙な男でもないのである。忙中謝客などという、あざやかなことは永遠に私には、できないと思う。 僕よりもっと偉い作家が、日本にたくさんいるのだから、その人たちのところへ行きなさい。きっと得るところも、甚大であろうと思う、と私・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・作家たるもの、なかなか多忙である。 ルソオの懺悔録のいやらしさは、その懺悔録の相手の、神ではなくて、隣人である、というところに在る。世間が相手である。オーガスチンのそれと思い合わせるならば、ルソオの汚さは、一層明瞭である。けれども、・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・っていたのでございますが、ちょうどその頃は日露戦争の直後で、東京でも電車が走りはじめるやら、ハイカラな西洋建築がどんどん出来るやら、たいへん景気のよい時代でございましたので、その小さい印刷所もなかなか多忙でございました。しかし、どんなにいそ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ 紋切型辞典に曰く、それは右往左往して疲れて、泣く事である。多忙のシノニム。 僕も、ちょっぴり泣いた事がある。「毎日、たいへんですね。」「ええ、疲れますわ。」 こう来なくちゃ嘘だ。「でも、いまは民主革命の絶好のチャンスで・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・って上記のごときは俳壇の諸家の一粲を博するにも足りないものであろうが、しかし全然畑違いのディレッタントの放言も時に何かの参考になることもあろうかと思って、ただ心のおもむくままをしるしてみた次第である。多忙と微恙に煩わされてはなはだまとまりの・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・の後には必ずしも多忙が来ると限っておらない、自分ながら何のための「しかし」だかまだ判然せざるうちにこう先を越されてはいよいよ「しかし」の納り場がなくなる、「しかしあまり人通りの多い所ではエー……アノーまだ練れませんから」とようやく一方の活路・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・私は多忙な身だから、ほかの人の作を一々通読する暇がない。たてこんで来ると、つい読み損って、それぎりにする事もあるが、できるだけは参考のため、研究のため、あるいは興味のため、目を通して見る。ところが年一年と日を経るに従って、みんな面白い。だん・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・だから日本の文壇は前途多望、大いに楽観すべき現象に充ちていると思います。 そこで今云った通り新参の私のあとから、すでに四五人の新進作家が出るくらいだから、そのあとからもまた出て来るに違ない。現に出つつあるんでしょう。また未来に出ようとし・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・然し自分の考ではもう少し書いた上でと思って居たが、書肆が頻りに催促をするのと、多忙で意の如く稿を続ぐ余暇がないので、差し当り是丈を出版する事にした。 自分が既に雑誌へ出したものを再び単行本の体裁として公にする以上は、之を公にする丈の価値・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
出典:青空文庫